くさや液室の気温は12.7度。発酵の様子は・・・

今日は午前1時半過ぎに起床。
いつもより一枚多く羽織って加工場に。
くさや液室の気温は12.7度。湿度86%でしたね。

くさや菌の様子が心配でしたが、ご覧の通りゆっくりですがブクブクと発酵していましたね。

くさや液
くさや液

「これなら大丈夫!」と、くさや液からムロアジを取り上げ~
真水で洗った後、塩抜きを。
製造量が少なめでしたので、あっという間に終了しましたね。

塩抜き
塩抜き中

干すまでの間、昨日の夕方から会議出席でできなかった事務処理を終えることに。今思うと、少しでも仮眠しておけば良かった・・・

今日は干し作業の後、お店番だけ!
と思っていたら、「今日は歴史セミナーだった!」(>_<)
過去三回お休みしたので、今回こそはと母にお店番を頼むことに。

今日のテーマは、「百姓一揆と八丈流人」
流刑の由来として、中国「五刑」の刑罰の説明がありました。
笞刑・杖刑・徒刑・流刑・死刑
罰として遠地に追いやる流刑は4番目に重い刑。

日本には7世紀初頭に伝わり、同じように死に次いで重い刑でした。
江戸時代になると、江戸からの流刑は伊豆七島に。京大阪、西国中国からは薩摩五島、天草、隠岐、壱岐の島々へ流されたそうです。

全国の島が集まるイベント「アイランダー」をきっかけに、どの島も身近な島ばかり。他の島の流刑についても勉強してみたくなりましたね。

そんな今日は、八丈島に流された1800~1900人と言われる流人のうちで約280人の百姓のお話でした。1690年山陰坪谷一揆から1801年羽州村山一揆まで、10個のお話しは時代と共に変化していきました。

といかにも勉強したように書きましたが・・・
実は1752年芝村騒動の途中、睡魔が。資料編2ページ目にはどこを読んでいるかわからないうちに休憩時間の声が。しまった!(>_<)

休憩時間に読み直し、世話人・佐々木喜三郎の代筆をようやく理解したところで後半開始。後半は以前勉強した上州絹一揆のお話し等でしたのであれよあれよという間に終ってしまいました。

「流人は、人権学習のテーマである」
今日のお話は実はとても大事な現代に繋がるお話しで・・・
自分自身もう少し勉強しなおしてご紹介したいと考えています。

セミナー資料も読み直さないと。
八丈島の歴史を知るせっかくの機会なので、大切にしたいですね。

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