鹿児島で・・・不思議な空間を感じました。

昨夜は「ゴホンゴホン」妻の咳が止まらずほとんど眠れませんでした。旅行中、咳はだいぶおさまってきたと思ったのですが・・・と言うわけで、今日は午後から歴史セミナーでしたが受講をあきらめ朝から一人でお店番でした。

冷凍庫のファンを初め、クーリングタワーの確認。先週修理した浮きの水位が乱れ、冷たい水に手を入れて調整。終えたときには手が真っ赤。遊びすぎだな~(苦笑)

ご注文商品の荷造りやヤマトさんへの発送。午前中はあっという間に過ぎ 、午後からはお店番をしながら旅の整理を。
今回の旅を振り返ってみました。

1月21日(月)
8時半過ぎに慌てて家を出て空港へ。すでに人影は少なく、荷物を預けようとすると「そっちは出口!」「あらっ。」(>_<) 前回、入り口が変わったのを経験済みなのにすっかり忘れてしまい、やっちまったな~
そんな旅の始まりでしたね 。(笑)

今回、八丈からの出発は5人。羽田空港で妻とTちゃん、Jちゃん3人が合流。鹿児島空港に向かいました。 私にとって2時間のフライトは長く・・・機長からのアナウンスで「ようやく半分か・・・」モニターを見る串本上空に飛行機の姿がありました。

疲れからか咳が出始め、珍しくマスクを持参した私。いつの間にか寝てしまい・・・「桜島撮影したよ。」と言う妻の様子にも気づきませんでしたね。そんな画像を確認すると、これから何度も見る桜島とは異なり、唯一裏側から撮影した桜島でした。

桜島
機内から撮影した桜島

「ドスン!」
あまりの衝撃にびっくり。鹿児島空港に到着したのですが「滑走路も広いのに・・・」思わず呟いてました。(>_<)
博多からレンタカーを飛ばしてきたTくんがお出迎え。「今回の車は大きいって言ってる。」とは聞いてましたが、本当に大きくみんなのカバンを入れてもまだ余裕でしたね。( 10人乗りの日産 NV350キャラバン。32万円とか・・・)

レンタカー
レンタカーの大きさを知ってもらうために協力してもらったKちゃん。

「どこ行きます?」
「Tちゃん調べてくれてた!ホテルに向かう途中の・・・」
「尚古集成館。島津家の歴史や文化を伝える、大砲の鋳造の反射炉跡とかあります。あとはホテル近くの城山。西郷隆盛が最後にこもった終焉の地。」
「そこに行こう!」

桜島を横目に、車はあっという間に 尚古集成館に。隣にある名勝仙厳園で受付を済ませ、今回最初の旅が始まりました。

中に入ると、すぐに島津家28代斉彬が造らせた大砲砲身を作るため反射炉跡が。正直あまりイメージできなかったのですが、大河ドラマ「西郷どん」を思い出しながらきれいな庭園を歩き始めました。

仙厳園
 名勝仙厳園とすんだ青空がとても印象的でした。

29代忠義良が建てた正門脇を通り、藩主とその世子(長男)だけが通ることが許された朱塗りの錫門へ。 園内を流れる保津川にかかる水道橋を渡り、江南竹林を見てUターン。「パコン!」と響く音に近づいてみると・・・

迫ン太郎

迫ン太郎でした。
迫ン太郎 とは米つき機の一種で、精米機の無かった頃、もみや玄米を精米する時に利用していたそうです。谷水がたまると傾き初め「パコン!」と臼を打つ音が響きましたね。

園内では、子供の頃作った竹細工の水鉄砲や竹とんぼも販売されており懐かしかったですね。もちろん、「薩摩切り子」や「薩摩焼」をはじめ限定販売の焼酎「魔王」もありましたね。杉の箱に入った1万円という札にびっくりしていると、「食べてみますか?」と差し出されたお菓子をぱくり。

鹿児島名産の「軽羹(かるかん)」でした。斉彬が保存食開発が必要と考えたことをきっかけに作られた自 然薯を使用した和菓子。 現在に続く伝統の味だそうです。 ちなみに杉箱だけで6000円。立派な箱に、「こんな売り方もあるんだ~」と思わず欲しくなる自分に反省してました。(苦笑)

園内をでると隣にある尚古集成館に。2015年に「明治日本の産業革命遺産」の 構成資産として世界遺産に登録されました。ちょうど一年前に行った軍艦島と同じですね。

尚古集成館

世界遺産!尚古集成館に。

薩英戦争をきっかけに斉彬の功績は見直されるのですが、当時 その先賢の目を 理解するのは難しかったのでしょうね。斉彬が長生きしていたら時代は変わっていたはず。そう思うと、不思議な空間に自分がいるような気がしました。

今日はここまで、また続きは次回にしますね。
あっ、最終便「強風」のため引き返し欠航。2便に合わせ発送して良かったです。

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