三原山外輪山から大賀郷ー旧道を歩くー

今日はくもり空ですが風も穏やかで良い天気になりましたよ!
第41回八丈島駅伝大会には最高の日和ですね。13時半スタートなので40分過ぎには家を出てクロネコヤマトさん近くの坂上で応援したいと思ってます!

なぜここかというと・・・
実は37回大会。今から4年前ですね。この4区を走りました。雨の中スタートする悪コンディションでしたが、30チーム中18位。個人的には11分28秒で15位でしたね。ミドルチームは初参加で20番台と思っていたので、みんな大満足でした。笑

スタートから登りっぱなしの2.5km。本番は苦しかったですね。時計のスイッチを押し違え、タイムがわからず無我夢中で走りました。最初の急坂を登り終えた頃には息ゼーゼー。苦しかったですね。襷を渡し終えた直後は、「もう二度と走らない。」と思いました。近所と言うことであえて走らせてもらったのですが、それ以後、練習でもほとんど走らなくなりましたね。(苦笑)

あれから4年経ったのですね。当時はアキレス腱痛で走ることできず太り気味でしたので余計にきつかったと思います。

昨年は、当店に体験学習に来たSくんたち富士中学生チームが優勝。今年は八丈高校サッカー部に入部し参加します。優勝できるかな?箱根駅伝大会を走った人もいるという支庁、くさやを買いに来てくれたお巡りさん、八高先生参加の社会人サッカーチーム等々、速い方が多く参加し目が離せない大会になりそうですね。

午後一番応援に行かなきゃ!(^O^)

午後と言えば昨日は、第13回歴史セミナー野外講座「三原山外輪山から大賀郷ー旧道を歩くー」に参加しました。午前中の雨はお昼前にやみ、北風は強かったのですが、スタート前には青空も少し見えましたね。

昭和19(1944)年3月に起工し同年8月完成した防衛道路から山道を歩きはじめました!防衛道路は、侵攻してきたアメリカ軍によって幹線道路が分断された場合に備え、山越えの道路を作ったと言われています。 東京都が発注し、土建会社梅田組が請け負い、建設に携わった朝鮮の方はお金をもらい母国に仕送りをしたそうです。飛行場建設とは異なり強制ではなかったのですね。

防衛道路記念碑

防衛道路記念碑

また私が13歳の頃襲った台風13号時には、幹線道路を使用できなかったので車一台しか通れないほど狭い防衛道路をバスが走っていたそうです。今では考えられないですね。説明を聞きながら脇にある山道に入りました。

入り口

突然の急坂に、みなさん「おっ~」(苦笑)
雨上がりのため、粘土状の土はすべりやすく、どうなるかと思いましたが・・・しばらく登ると尾根沿いの道から下りに。

山道

大きな木や、火山爆発で飛んできたであろう岩など、先日の島民大学で学んできたことを話しながら、山道を歩いて行きました。

木々が

もちろん戦時中軍隊が整備したであろう跡や、防空壕跡など、山道には歴史が刻まれていましたね。

防空壕

下記画像の小高い丘は、実は石段が積まれており中央下には穴が見られました。方向的に砲弾等が準備されていたのかな?

丘

そんな想像を含め過去の歴史を学びながらの体験は歴史セミナーならではですね。ロベ畑が見え始めるとまもなく山道を抜けることができました。

出口

何気ない木々の中に、昔の方が生活のために八丈島を開拓していった道が。何だか私だけの秘密をもったみたいで嬉しかったです。距離的にも、難易的にも昨年のコースより容易でしたので、近い将来観光ルートにできると良いですね。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

画像(JPEG)をコメントに添付できます。