小栗旬さんが八丈島にやってきた。

昨日はありがとうございました。
久しぶりの方からもたくさんのメールを頂き、とても嬉しかったです。(^O^)

全国放送は、やはり違いますね。
今回の放送で声をかけて頂いたのは、ディレクターのNさんでした。

実は別の放送局から、くさやの歴史や八丈島の水のお話等々
たくさんの質問を夏前から受けていました。

恩師の先生方から、
「テレビ局から質問を受けたんだけど、くさやのことは長田くんの方が・・・」
と問い合わせを頂いたり
「加工場の水って、昔はどうしてたの?」
とお電話頂いたり。

八丈島のくさや加工において、「水」を使う製造方法は
大正7年、今の東京都島しょ農林水産総合センターの研究からはじまったようです。

塩抜き作業を行う「半くさや」の製造は、八丈島の主流となり
現在に至るのですが、では水はどうしたのだろう?

戦争前、父の実家はくさや液を20タルくらい所有していたそうです。
戦後疎開先から帰ってきたときには、ほとんど無かったとか・・

当時、配管の水漏れで応急措置をした記憶があるという父によると
「加工場の近くにはみんなタンクがあった。」とのこと。

実家近くには道路を挟んで井戸もありましたが
どちらかと言いますと雨水等を溜めて利用したのではないかなと想像できました。

 

八丈島のくさや産業は、昭和40年代頃の離島観光ブームによるところが大きいです。
「東洋のハワイ」と言われ、新婚旅行客の方もたくさん来られ年間来島数の最高は
21万人に達しました。

今の二倍です。

当時の八丈島産くさやは、「味は美味しいけれど黴びやすい。」欠点がありました。
近海で漁獲された獲れたての魚は、味は美味しいのだけれど
雨が多い八丈島では、上手に干すことができなかったためと考えられます。

現在は、乾燥機を利用していつでも同じように乾燥することができますので
飛躍的に品質を延ばすことができるようになりましたね。

 

そんな勉強を重ねた頃、ディレクターのNさんからお電話を頂きました。
正直どんな撮影なるのかよくわかりませんでしたが、
当店視察に訪れた際には、
「先週沖縄行って、東北行って・・・沖縄はさすがに暖かかったですね。」
あちこちに行き情報を得ていたNさんのお話しは偉ぶらず
とても親しみやすかったです。

撮影前の週から雨、雨、雨。
雨続きでどうなるかと思いましたら
撮影三日間は、くもり、晴れ、晴れ。
翌日からまた雨。(苦笑)

この運の強さは、素晴らしいの一言ですね。

 

運強さと言えば、
昨日の二便で来島し、今日の一便で帰京した小栗旬さん。
(この日は宿泊したそうで翌24日に帰ったそうです。)
ペプシコーラの撮影を何と昨日の深夜に行ったそうで・・・
エキストラ100名とのお話しも。

その残骸がこちら。
鬼!

鬼が貼り付けられたようです。(>_<)

 

前編と思われる、ペプシ動画がこちらです。(^O^)

見た瞬間、「あ~これか~」

そう言えば、町長と飲んだとき
「桃太郎の撮影がある。」
と話してました~(^O^)

できあがりが楽しみですね。

 

楽しみと言えば、18歳になった息子と一緒に
選挙に行ってきました!

「息子か?」
「そう!」
「偉い!」
思わず拍手が起こりました。(笑)

初めての選挙。
学校の先生からも
投票には行くよう言われていたようで・・・

貴重な一票が、未来の日本に繋がっていくと思います。

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