歴史セミナー野外編 「源為朝伝説地めぐり」

昨日は歴史セミナー野外編に行ってきました!
「源為朝伝説地めぐり」

大河ドラマで放送中の源頼朝、義経の叔父にあたります。
(ちょうど為朝の孫のお話と、頼朝の死が放送されましたね)
少年期乱暴が過ぎ、父に勘当され九州へ追放。
わずか3年で九州を治めたそうです。

保元の乱(1156年)で敗者になり、伊豆大島へ流罪。
1165年には伊豆七島を支配。
1170年に討伐の院宣がくだり大島で自害。

となっていますがその後の諸説も多く残っているようです。

ちなみに、八丈島に渡ったどうかも定かではありませんが
たくさんの伝説が残っており、今回史跡めぐりをしました。

最初に尋ねたのが、八郎神社。
為朝の家来、忠治郎を祀ったところです。
・大蛇退治で死んだので祀った。
・猜疑心で為朝が殺したがのちに後悔し建てた説があるそうです。

八郎神社

実は登龍峠に向かう際、私がジョギングで走るコースにありました。

次は、八丈でも有名な「腰掛石」
為朝が腰をかけたと言われる石です。

腰掛石

ここから為朝が弓矢で堀切の峠を射抜いたと言われています。

以前はこの近くに焼却炉もあり、ここから堀切峠が見えました。
と言われ~
「そういえば!」と思い出しました。

射抜いた堀切の峠は「○」辺りになります。

峠

峠に向かう前に、八丈小島にあった為朝神社を分社した為朝神社を見ました。

為朝神社

大正時代に創建され赤間さんという巫女さんの占いが良くあたると評判になったそうです。

為朝神社の上を見上げると、崖に白い筋が見えますね。

鬼の爪跡

「鬼の爪跡」と言います。
為朝と鬼が絶壁を登ったところ、
為朝は傘を片手に差し楽に登ったそうですが
鬼は登れず岩をがりがり掻いた爪跡が残ったと言われています。

この岩は不純物が少ないので、八丈島では「石碑」によく使われています。
とのことでした。

大阪トンネルを抜け、いよいよ今日一番の峠道です。

峠

「ここには大きな像が建てられ・・・今は風化し代わりに石が」
と説明され、
「あっ~あった!」
「ですよね。島に帰ってきたらいつの間にか無くなってました」(苦笑)

真っ赤な大きな像が建ってましたね。
ちなみに奥には社殿が今も残されてました。

江戸時代後期の道を進むと、森林に包まれ気持ち良かったです。

獣道

そして、堀切に到着!
為朝が、腰掛石から矢を射抜いて掘り切った所で「ほっきり」と呼ばれています。
残念ながら、上部が崩落。(下見で初発見)(>_<)
以前は通れたのに!

堀切

崖の隙間を通ると、以前、横間側から上った道に繋がります。
横間側の道はとても急斜面でしたね。
当時の日記は・・・
見当たらなかった。(笑)
代わりに、伊郷名から大里までの旧道をこちらです。

江戸時代の道探索は三回目。
当時の方の苦労がよくわかります。

今は車ですぐですが、牛に荷物を載せ歩いて上り下りするのは
とても大変だったと思います。

そんな思いを若い人に伝えていくにはどうすれば良いのでしょうね。

最後に裏見ヶ滝に行き~
こちらが以前樋をかけた場所だそうです。
石が連れ落ちないよう積んであるのですが・・・
「どうやって積んだんでしょう?」

樋を

いつも通る道には、知らないことがたくさんありますね。

とりあえず、
今回の野外セミナーはこれで終了となりました。

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