今日は製造日。早めに終わったので大坂越えの紹介です。

今日は春飛魚と青むろあじの製造をしました。
春飛魚

まぶしい白銀色に
いよいよ春本番!
朝から気配の入った製造となりました。

初めはお客様や電話も多く、
「あちゃ・・・製造量多すぎたかな~」
と思いましたが、後半は順調に進み
16時には明朝の準備も終えるほど!

で、パソコンの前で時間ができたので、
昨日の野外講座「大坂越え」をまとめてみました。

 

毎年2月は歴史セミナーが開催されます。
で、最終日は野外講座で島をまわります。

今回は、「大坂越え(堀切) 大賀郷側から」です。

陣屋跡に集合し、まずはそこから歩いてスタート。
玉石垣を登っていくと、見晴らしの良い一軒家の下にたどり着きました。

0入り口

更にその脇を登り山道に入っていきます。
1入り口

この山道を登っていくと、横間の道に抜けるそうです。
2山道

竹藪が切れる所から海を見ると、小島が見えました。
陣屋跡の上ですので、昔はこの辺りも賑やかだったのでしょうね。
3見晴らし

途中でUターンし、宗福寺あとを見学し都道まで降りてきました。
「大里の玉石垣」と書かれた前に来ました。

「ちょうどこの道路辺り。島木赤彦の歌で
布団を干したところと言われてます。」と説明が。
島木赤彦の

島木赤彦とは、アララギ派の巨匠と言われた歌人で大正3年10月21日に乗船し八丈島に来ました。
住んだ場所がこの辺りと言われ、「切り火」にのせた七九首の代表歌が
「椿の陰をんな音なく来りけり白き布団を乾かしにけるかも」
です。

赤彦は、歌、恋の道での悩みから来島したと言われ
隣家の離れに住んで食事や身辺の世話してもらった女性に心動かされたとか。
女性はのちに赤彦を追って島を出たそうですが、思い叶わず戻ってきたそうです。

ちなみに歌は
椿の赤、布団の白が初冬の島の暖かな日差しのもとで、印象的な情景描写となり、島の女性のロマンを歌いこんでいる
そうです。

 

さて、車で横間に移動しました。
為朝神社前の横間に降りる場所に駐車し、再び探索です。

為朝神社は、今は引き上げで誰も住んでいない小島にあるそうで
引き上げの際、巫女に占ってもらうと、「為朝神社は移らない」という託宣でそのまま残ったが
御神体は、歴史民俗資料館に展示されているそうです。

で、こちらの為朝神社は個人のものだそうです。
為朝神社

また、為朝神社の向かい海側は、「城山」(だったかな・・・)
と言われ、道は途中でなくなるそうですが、その先には「堀」があるそうで
八丈実記にも記されているそうです。
城山

さて、為朝神社脇を登っていきました。
やはり見晴らしが良いですね。
5見晴らし

この辺りは防空壕も多く、ふるさと村の方まで続いているとか。
大砲を持つ大隊(小隊、中隊は大砲を持っていないそうです)が作った防空壕なので
砲台の跡もふるさと村の近くにはあったそうです。

上部まで上がると、舗装された道が終わり竹藪となります。
ここが最初に紹介した山道と繋がるそうです。
4出口

再び下に降りて、今度は横間の海岸線まで降りていきました。
見上げた先は大坂トンネル。
6大坂越え

大坂トンネルができる前は、二つの道があり
一つはここから左に入り、距離は短いのですが急な坂。
もう一つはここから右に曲がり、穏やかな坂ですが遠回り。

今回、右に曲がり途中まで登ることとなりました。
穏やかといっても、100年も使われていない道ですから
「ここを牛も通ったの?」
と言うくらい、急な道でした。

やはり途中には防空壕がいくつかありました。
7防空壕

中はこんな感じでした。
8防空壕中

やはり防空壕の前は、見晴らしが良かったです。
敵軍を監視していたのでしょうね。
9見晴らし

普段道路からでは見られない、崖面も見ることもできました。
10見晴らし

ここまで上り、今回は終了となりました。
11山道

大坂トンネル側から、横間海岸を見下ろすとこんな感じになります。
中央少し左手にあるロベ畑手前を歩いていき・・・
大坂トンネル側から

そしてこんな所を登ってました。(苦笑)
山

予定時間30分オーバーでしたが、中身濃い
とても楽しい時間でした。

ミクママに向かえに来てもらい、すぐに富士中に向かいましたが
展示会は終了してました。(>_<)
今日も製造で・・・残念ながら見ることはできませんでした。

昨夜の晩ご飯は、今年初の春飛魚の刺身!
初物!春飛魚刺身

昨年、今年と春飛魚の北上時期が遅くなってますね。
今日も4000尾ほど漁獲されましたが、今後がちょっと心配です。