また、今度飲もごんの。

昨夜は、久しぶりに和室で新聞を読んでいましたが、体勢きつくなり19時半頃にはゴロン。いつのまにか寝てしまい・・・20時過ぎにはベッドの中へ。このGWは、心身共に本当にきつく、あっという間に寝てしまいました。

腰の具合も、痛み止め効果なのか、寝返り際の傷みも、前日より少し和らぎ、朝まで眠ることができましたね。

窓の隙間から明かりが差し、時計を見ると午前5時過ぎ。
「起きなきゃ。」
くさやの焼き作業を開始。
更に終了後、腰に負担がかからないように気をつけながら冷凍庫の整理を。

春飛魚の製造も終わり、冷凍庫も整理できました。
ただ、冷凍庫に余裕あるのは、ムロアジがないせいなのか、それとも春飛魚の在庫数が少ないせいなのか、今ひとつつかみきれず・・・

お昼前、製造を終え、護神の大神宮に。
「遅くなってごめんなさい。」
「いえいえ。」
「今年は、春飛魚のくさや。こちらはみんなで食べるよう。」
「ありがとうございます。これ、見て下さいよ。」

と言われて、中に入ってみると
「すごい!」
「今年はみなさんにお願いして、一番(景品)多いです!」
「宣伝するわ~」(笑)
「よろしくお願いします。」

今日から、第13回目の「八丈祭」(^O^)
「今日という日が最後なら」の映画制作で、復活した「八丈祭」。13年も継続するなんてすごいな~ 監督、主演をつとめた柳姉妹も来島。こちらも毎年来島し偉いな~

帰宅後作業を終え、シャワーを浴び終えると
「電話!電話が長くなってたから!」
と、妻が帰宅。

「Tくんだったから。」
「なんだろう?」
とすぐに折り返すと、「Fさん宅行きません?」
「あっ、今行こうとシャワー浴びてた所。」
「そうだったんですか。」
「あと、靴下はくだけ。」
「じゃあ、迎えに行きますね。」

昨日の最終便で帰島した、同級生のFくん。
玄関を開けると、
「あっ~」
「Fくんの顔見に来た。」
「どうぞどうぞ。」
その時点で涙が溢れ出す自分がいました。

「かんべんよ~見舞いにも行かずに・・・」
「いえいえ。」

線香を立て、Fくんの顔を見ると
「あれ、ふっくらして。もっと痩せているかと思った。F~」

入院の様子を聞くと、話しが止まらなくなり・・・
何も知らなかった自分に、腹が立ってきました。

「きっと帰ってくる。」
そう信じていた自分の甘さに。

もう何年前(9年位前かな?)になるでしょう。
東京で、親戚のお見舞いに行くと
「Fも入院してろわ。」
と。病院を教えてもらいお見舞いに。

「何号室どう?」
とメール送ると
「きずんよっきゃ。(来なくていいよ)」
「はら、病院前だ~」(笑)

ベッドのFくんは、抗がん剤治療の最中でした。
それでも笑顔を絶やさず、
普段話せないことも話しましたね。
「たか~あんまりYよ、いじめるなよ~うれも一生懸命どうて。」
「わからら~」(苦笑)
当時、水海山処分場問題で町とぶつかり合っていた頃でしたので、そんなことを正直に私に伝えるのは、Fくん一人だけでしたね。

病に勝って、帰島後、
親戚とFくんと三人で飲みましたね。
あの晩は楽しかったな~
三人が元気に、お酒を飲める時間が持てるなんて。

いつしかそんな時間が当たり前になり
今回も病気を克服して帰ってくると信じていました。

というか・・・
疑ってもいませんでした。

だからこそ、Fくんがやつれていたら嫌だな。
そう思っていました。

「最後まで優しくてね~強い人でした。」
奥さんの言葉に、
「Fらしいな。」
Fの笑顔が浮かんできました。

F、お疲れ。
また、今度飲もごんの。