カズに思う。

今日は、生干しくさやが完成。
久しぶりにできたてくさやを試食しました。

試食

噛めば噛むほど味が醸し出され・・・
一人で全部食べちゃいました。(笑)

「できたて」は、身が柔らかく優しいですね。
それでいてしっかり味がしみ込んでいるのは、発酵のおかげ。気温が約20度と、くさや菌の生育にも良いようです。

そんな今日は、3週間ぶりの「できたて」にご注文が多く嬉しい悲鳴。(^O^)
ありがたいですね。

昨日、春飛魚漁が切り上げに。
朝から、予約のお客様に断りの連絡をしていたのですが、
「来年でもいいよ~」
「いつでもいいから、できあがったら~」
「代わりにムロアジを。」

みなさん、心優しくて。
本当にありがとうございます。
明日は久しぶりに荷造り頑張りますね。(^O^)

できたて、青ムロくさやのご注文は、こちらです。

午前中はあっという間に終了。
午後から伝票印刷や、とても嬉しいメールの返信を。詳しいことはまだ紹介できませんが、発表おわりましたらご紹介しますね。

いそいそとパソコン業務を終わらせると、
「あっ~15時50分、時間だ!」

カズ こと三浦知良選手を紹介するNHKプロフェッショナル。
10年前の再放送でした。

当時43歳。
フランスワールドカップ直前、
「外れるのは市川、カズ、三浦カズ。それから北沢」
あの時が31歳ですから、ちょうど12年経っていたのですね。

当時のカズは、全盛時からは・・・と評されていますが、やはりショックでしたね。カズがブラジルに渡ったのは15歳。ブラジルに渡る「飛行機の中で大泣きした。」と。

わずか15歳の少年が一人でブラジルに。私には無理だな~
ブラジルでは、「サッカーが下手な人を日本人。」と呼んでいたそうです。
相手にもされず、パスなんかもらえるはずもないですよね。
そんな彼が努力を重ね、ブラジル全国放送の大試合でゴールを決め、スターの道をつかんだのが19歳。

23歳で日本に帰ってきたときは、キラキラと輝いていましたね。
当時の日本レベルは、彼にとって学生レベルだったかもしれません。

もし、27歳の「ドーハの悲劇」が「感激」だったら。初のワールドカップに出場していたら、彼の一生は違ったものになっていたでしょうね。

サッカーワールドカップ。

私が知ったのは中学生の時。
試合をテレビで見られなかったので、結果は本でしかわかりませんでした。

高校生になると一転、1978年に開催されたワールドカップアルゼンチン大会。オランダのロングシュートに魅了され、得点王となる地元アルゼンチン・ケンペスのゴールに歓喜しましたね。翌年、ワールドカップユース大会東京では日本が出場。ワールドカップという冠がついた大会でしたが、一つ上の本戦出場は韓国に圧倒されまだまだ夢の世界でした。

そんな日本のサッカーを、グッと身近にしてくれたのがカズでした。
日本サッカー界の功労者であるカズが、ワールドカップ出場目前で代表から外れる。

それはやはり衝撃でしたし、当時想像できない事実でした。

あれから12年、彼は「あそこからサッカー人生が始まった。」
と語ります。「それまでは余興だったと。」

そして、この番組から10年。
今シーズン、J2からJ1に復帰した横浜FC。

スピードも切れも、レギュラーには劣るでしょう。
それでも、カズがいるだけでチームは歓喜します。

昨年、J1昇格が決まった試合。カズは途中出場しました。

動画14分50秒あたり。試合終了後、カズが歓喜に沸くスタンドを見わたします。どんな思いだったのでしょうね。

ワールドカップに立つカズも見たかったですが、50を過ぎてプレーする今のカズの方が「人」として輝いていると思います。

一日も早く、J1でプレーするカズを見たいですね。

そうそう、この試合。
アインダーでくさや販売している私に、
同級生のSくんが、スタンドから逐一報告してくれましたね。
記念に送ってくれた画像がこちらです。

横浜FC

ありがとね。