台風の記憶は・・・島とは切り離せませんね。

台風10号が九州地方を駆け抜けていきましたね。
朝5時過ぎ、テレビをつけると「まもなく対馬に。」と言う報道が。

「大丈夫かな?」
9号の被害が報道されていたので、心配していたのですが・・・

予想よりもほんの少し台風の勢力が衰え、また何より数日前からの対策が功を奏し想像を超える被害よりは抑えられているようです。(その後お亡くなりになった方も報道されました・・・)

1975年10月5日。八丈島では瞬間最大風速67.8mが吹きました。家屋損壊2403棟。被害総額55億4300万円。当時通っていた中学校の窓は崩壊し大変でした。

わが家は、雨戸が一枚飛ばされそうになり抑えていると
「外して、風通せ。」
雨戸を外し、その斜め先にあるトイレの窓をあけ風を通しました。雨はほとんど降らず(記録上25.5mm)風台風でしたので、家屋内の被害を最小限に食い止めることができましたね。

最低気圧947mb 16時28分に瞬間最大風速を観測。16時40分には八丈島の北20km付近を毎時60kmで駆け抜けたと記録されています。

当時のことを父は、「たいしたことねぇと思ったら、急に台風がぼおくなって(勢力が増して)。」と。

私も、雨戸を抑えた記憶から夜を迎えた記憶は鮮明ですが、その前の事は思い出せないです。それほど台風の備えはいつも通りのことしか行っていなかったようでした。

私が帰島してから大きかった台風は、平成15年9月22日。午前 0 時 33 分に 最低気圧958.6hPa を記録。瞬間最大風速は59.5m/s。一時間前の21 日午後 11 時 34 分に記録しました。1973 年に同測候所が観測統計を開始して以来歴代 3 位の記録。22 日午前 0 時までの 1 時間降水量最大値 84mm も歴代 3 位と大雨が降りました。

当時叔母の家は、風で持ち上げられ約30cmも移動。

家が

また潮が満ちたため、岸壁に乗り上げた船が沈没。

沈没

ちなみに私は、台風接近中の飛行機で帰島するはずでしたが羽田空港でUターン。先輩宅に泊まることへ。

近くのお店で飲んでいると、「八丈島、瞬間最大風速は59.5m/s」のテロップが流れびっくり!

その時わが家では、自宅前にあった海の家が吹き飛び、なんと燐家を越えて道路上へ。更に数十メートル先のコンクリート電柱は折れてました。

倒壊

約8割の世帯が断水し、更に5390軒が停電。加工場の三相復旧したのは24日の夕方でしたね。
私は翌日の飛行機で帰島・・・この台風を経験していません。(>_<)
台風10号、被害が無いと良いですね。

飛行機と言えば、南風の強い中一便が就航。
8時14分頃、ゴォーという音がし、「飛行機来た!」
外に駆け出すと、グォンォンォン・・・

到着したような、到着できずに飛び立ったような。

ANAサイトを見ると8時45分到着予定に変更され
「降りられなかったんだ~」

二度目の挑戦で無事到着したようです。
とりあえず、一便就航できれば二便も大丈夫ですね。

追伸
お昼に息子ケイと上司の方が挨拶に。
一便で来島。
三原小の(たぶん)ダムウェーター(小荷物専用昇降機)の故障修理を行い、二便で帰りました。

いつか一人前になってこられるようになると良いですね。

ケイが帰ったあと、昼食を食べながらテレビを見ていると
「今の、森口彩乃さんじゃない?」
「なんて言ってた?クレ・・・」
「クレベリン!」
すぐに検索すると、やっぱりそうでした!

すごいですね。