軍艦島も、やっぱり子供達が一番だったのですね。

今日も寒いですね。
旅行から帰宅して4日目。
ようやく朝まで寝ることができ、今日は久しぶりに快適です。

最後となったPTA新聞の原稿下書きも終え
だいぶ頭もすっきりしてきました。

昨日書いた旅行の日記を読み返しながら
いろいろと思い出してきました。

 

軍艦島ミュージアムでは
「いつ頃が石炭の最盛期だったのですか?」
との問いに
「41年 約41万トン。」
と教えて頂きました。

バカな私は、昭和41年と勘違いし
「閉山したのが昭和49年(1974年)なので、まもなくだったんだ~」
と大勘違い。(苦笑)

最盛期は、太平洋戦争が勃発した1941年でした。
1972年には、戦後では最多の35t生産されましたが
それ以後需要の低迷で、1974年1月15日閉山となります。

軍艦島の発展は、
1890年、三菱が旧肥前藩の領主鍋島氏から採掘権を買い取ったことから始まります。
それまで炭鉱生産は上手く行っていませんでしたが
1916年には日本初の鉄筋アパートを建設。
その後も7階、9階の高層ビルが建設され
1960年には、5,267人が住みました。
当時、世界一の人口密度で、東京の9倍とも言われたそうです。

 

給料が良かったので白物家電は各家庭に揃えられ
テレビ普及率10%の時代に、ほぼ100%だったそうです。

そうそう、ツアースタッフさんの説明では
「当時公務員の給料が2~3万円の時代、
課長クラスは月50~60万円もらっていたそうです。
と説明したら、
先日、病院の先生をやっていらした方から
『月100万円もらっていました。』
と教えられました。」
と。(苦笑)

 

そんな軍艦島が衰退したのは
エネルギーが、石炭から石油に転換されたからです。

閉山が決まった、1月15日からわずか三ヶ月後の4月20日には
全ての住民が離れ無人島となりました。

三ヶ月という短期間に離島できたのは
三菱が、雇用者全員の次の仕事を準備した事が大きかったようです。
もちろん給料も良かったので・・・。

ミュージアムの説明では
住民には、「また戻ってくる」と言う思いもあったようです。

 

ちなみに軍艦島の、正式名は「端島」
長崎市の西約19kmに位置します。
元々は、南北に約320m、東西約120mでしたが
埋め立てられ、南北に480m、東西に160mに。

軍艦「土佐」に似ていたため、
「軍艦島」と呼ばれるようになったそうです。

2001年、三菱マテリアル株式会社から高島町へ譲渡され長崎市の所有に。
2008年、「九州・山口の近代化産業遺産群」として世界遺産暫定リストに追加登録されることが決まり注目されはじめる。
2008~2009年、島の中の通路整備などが行われる。
2009年4月、島への上陸が許可され、観光や見学が可能となる。

 

周囲1.2kmの島に5,267人。
どんな賑わいだったのでしょうね。

詳細

ただ労働環境は最悪で
地下631mまで毎秒8mで降りるエレベータでおり
そこから更に下って、地上から約1km下で採掘したそうです。

気温30度、湿度95%。サウナの中ですね。(>_<)

一度降りたら、休憩時間も昼食も同じ場所。
お弁当のふたを開けると、真っ白なご飯が真っ黒に染まっていくので
ふたを開けると黒くなる前に食べてしまったそうです。

そんな環境だからこそでしょうか
子供達には日を浴びて欲しいと
小中学校は、太陽が当たる方向に建設されたそうです。

端島小中学校

いつの時代も、子供達が第一なんですね。

そんな学校方面。
貯炭ベルトコンベヤーのある方向に、新たな見学コースの設置が決まったそうです。
見学コース

こちらの方角ですね。
新たな見学コース予定

また行く機会があったときの楽しみにしたいと思います。

大時化の中、軍艦島に上陸できました!(^O^)

今日は日曜日!
旅行から一週間たったのですね。

旅行内容をまとめてみましたので
ご紹介しますね。
1月21日(日)
八丈島から別府までは、こちらです。

1月21日(日)夕方
地獄巡りを終え、亀の井ホテルへ到着。
亀の井ホテル

知らずに宿泊したのですが
オーナーの油屋熊八さんは、別府を湯の町にした方だったのですね。
油屋熊八

油屋さんが全国に別府を宣伝した名言
「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」
は、思わず「あっ~」と頷いてしまいました。

商店街にはこんな写真も
当時の写真

この他にも地獄巡りに女性バスガイドをもちいる等
アイデア優れた方だったようです。

ホテルの夕食を終え、
バイキング

 

タクシーでGくんのお店「夜カフェ10」に向かいました。
外から覗くと、糸永衣里さんの貸し切りライブが行われてました。

しばらく近所を散策し、再びお店を覗くと
「アンコールみたい。」
そんな時、
「あっ~」

Gくんにばれちゃった~(苦笑)
「中入って!」

ちゃっかり糸永さんの演奏を聴くことができました。

ライブ後、店内の片付けを終えると
ほんの少し糸永さんとお話しする機会を頂き
ミクママ曰く
「バイオリンですか?少し音が・・・」
「ヴィオラです。」
「やっぱり!」
音楽無知の私にはさっぱり。(笑)

 

そんな忙しい中、Gくんとお話しすることができました。
とっても素敵なお店で!
夜カフェ10

お店に入ると
店内

中も広くてびっくり。
「こんなはずじゃ無かったんですが~」
なんて、Gくん。
「駐車場も広いわけだね~」
と話すと、
「ここら辺りの方は車が無いと。」
「そうなんだ~」

お店が開店したときから務めてくれてるスタッフさんや
八丈にも来たことある同級生みんなと一枚。
みんなで

初めは誰だっけかな~
と思いながら
そう言えば、「Gくんに言われてきました~」
って当店に顔を出したのは~(^O^)

そんなことを思い出しながら
Gくんのお話をたくさん聞くことができました。

 

私とGくんは、ケーススタディと言って
実際におきた起業会社の経営方法をモデルに
ディスカッションする授業を半年間学びました。

ですからこの三年間、Gくんがお店を営業し
失敗や成功のお話が、まさに授業事例のようで・・・

大変だったんだな~
と。

深夜0時までの営業なので、帰宅は
「今は午前2時には帰れるかな~」
帰宅してから経理の仕事があり
寝るのは4時頃とか。(>_<)
私には考えられないですね。

そんなGくんに送ってもらってホテルに。
玄関正面にエレベ-ターがあるのですが・・・
Gくんたち、玄関の外から
エレベーターの扉が閉まるまで手を振ってくれました。(>_<)

あれからお店を片付けたと思うと申し訳なかったです。
ありがとね。

 

1月22日(月)
翌22日は、門司経由博多です。
青空がくもりになり、更に雪の舞う峠を越えて
雪!

なんとか門司に到着。
「お昼どこにする?」
「ここでいいんじゃない。」
と気軽に入ったお店がこちら。
ファンキータイガーカリビアン

中に入ってから「ロバート秋山のお店だって。」
「えっ~」

お父さんがオーナーをしているお店で焼きカレーが評判のお店でした!
焼きカレー

熱くて、熱くて。(苦笑)
でも、とっても美味しかったです。

その後、関門橋(山口県下関市と北九州市門司区を結ぶ全長1.068mの吊り橋。)
で休憩。
関門橋
対岸まで780mある海底人道トンネルもあるそうで・・・
暖かければ挑戦したのですが
「寒けんてよっきゃの。」と。(>_<)

博多のホテルに向かい南下。夕方到着しました。
明日は、2年前時化のため乗船できなかった軍艦島ツアー。
「今晩は早めに・・・」
と、中州の夜は早々に帰宅し明日に備えました。(^O^)

 

1月23日(火)
翌23日は、朝8時半前に出発。
順調ですと2時間ほどで到着するのですが、雪の心配もあり
早めに出発しました。

昨日同様青空がくもりになり、ちょっと心配しましたが
長崎に入ると青空も。
長崎
無事2時間で到着することができました。

到着時のお話しはこちらです。

 

「そろそろ(上船場に)行きますか。」
と港に向かいます。
軍艦島ミュージアムから歩くこと数分。船乗り場に到着。
雪が舞いはじめ、空気が冷たかったですね。

赤い服を着たスタッフの方達が
「今日は冷たいので、出発ギリギリまで室内で待って下さい。」
とのこと。

売店兼待合室で、30分ほど待ちました。
「すみません。まだのようなので・・・ツアーとは関係ないのですが
あちらに見えるバハマの船は、6000人乗りで。」
とスタッフの方がお話し始めました。

狭い待合室。椅子も無く並んで立たされていましたので
みなさん、ホッとした様子に。

予定の25分を10分?15分ほどまわった頃でしょうか?
待ちに待った乗船が決定!(^O^)

 

スタッフさんの挨拶が始まると
「日本人の方は本当に素晴らしいです。私、海外の添乗員を務めていましたが
誰一人文句も言わずにずっと待っていて下さる。本当に素晴らしいです。」
と。

ちなみに、先ほど紹介した大型船。
15時出航予定でしたが、16時過ぎてもまだ停船中。
ポー
と、汽笛が鳴っても
たくさんの方が荷物を持って道路を歩いていました。(>_<)

国民性って、やっぱりあるのですね。

走り始めた船は、外港を出ると
波
波の方が窓より高くなりました。

「軍艦島に着くかどうかは、船長の判断です。」
とのことでした。

他のツアー船、2社は欠航に。
どうなるのかな~
と思いつつ、大時化のなか寝てしまい・・・(苦笑)

 

気がつくと
軍艦島に船が!

軍艦島に船が見えました!
「あそこに着くのかな?」

しばらくすると、停泊していた船が出航。
私たちの船が接岸します。

大揺れの中、横付け。
ロープをつけに行った船員が
「あっ!危ない!」
なんと、コンクリートと船に挟まれ
びっくり。
「挟まれたよね・・・」
一瞬でしたが、怪我も無く良かったです。

そんな、船員さんの様子がツアー会社さんのビデオで紹介されてました。
船内からよく見えませんでしたが、こうやって軍艦島にロープを着けてたのですね。
時化てるときは危ないはずだ。(>_<)

体を張ってくれた船員さんのおかげで
無事、軍艦島に上陸できました。
上陸

 

広場に着き説明を聞きながら、
説明

写真を撮りました。
軍艦島

地下約1km下で石炭を掘っていたそうです。

私たちが着いた軍艦島の詳細がこちら
詳細

島の中央辺りに飛び出した港に着き、画面左端の方に歩いて行きました。

その先端で、スタッフの方にとって頂いたのがこちら。
みんなで

実はカメラを渡したとき、私の指にカメラのひもが引っかかり
あっ!
その時、傷ついたのがこちら
傷

軍艦島の傷なんて、ちょっと良い想い出になりました。(^O^)

帰りの船では、船上部の外にも出られると言うことで
強風の中、撮ってきました!
軍艦島

ちなみにどれくらい揺れてたかというと
潮風と揺れで
つかまっていないと倒れるくらい強風と揺れで大変でした。(苦笑)

初めての軍艦島。
大時化と、寒気に包まれ
とても想い出になりましたね。

ちなみに私が参加したツアー会社は、軍艦島コンシェルジュ
スタッフさんのお話では
5回連続、上陸できなかった人もいれば
9回も上陸ツアーに参加している方もいるとか。

ツアー会社によって、上陸率も異なるそうですよ。
もちろん、コンシェルジュさんは上陸率高い会社でした。(^O^)

 

1月24日(水)
長崎二日目。
いつもなら自由行動日ですが
今回はみんなで平和記念公園に。
平和祈念像

更に諫早湾を横目に島原まで足を伸ばし
島原城

島原城に行ってきました。
入り口にて

 

長崎市内に戻り、夕方は自由行動。
2年前行けなかった出島に行ってきました。
出島

人も少なかったので、パソコンでゆっくり出島の勉強をできましたね。
パソコン画面で

更に大型のモニターでも勉強。迫力がありとてもわかりやすかったです。
モニターで

 

1月25日(木)
最終日は移動日。
長崎空港から羽田経由八丈島に。
移動の様子は、こちらです。

今回の旅行は、日本全国寒気に見舞われ
心配されましたが、移動もスムーズで
良かったです。

何より軍艦島にも上陸できたのが
一番の思い出でした。
スタッフのNさんから
「エネルギー政策転換で、この様になった軍艦島の姿を
特に若い人たちには見て欲しいです。」
と訴えられた言葉は、心に響きました。

また、出島も詳しく勉強でき
軍艦島と出島の対比も自分の中ではよい勉強になりました。

そうそう、Gくんとの再会は忘れられない思い出に。
各お土産屋さんの
値段設定や商品の見せ方なども良い参考になりましたね。

今回の旅行で学んだ事を今後に活かしたいと思います。

地獄巡りには、罠がありました。(苦笑)

今日も寒いですね。
昨日の最低気温は0.9度。
雪も積もるはずですね。

今日の最低気温は午前0時30分の3.2度ですから
ほんの少しずつ暖かくなっているようです。
と言っても最高気温は、午前12時48分7.7度。

テレビでは、
今季全国最低温度は昨日北海道喜茂別町で観測された-31.3度ですから
それに比べると恥ずかしいくらいですね。(>_<)

 

都内では水道管凍結の報道が。

私が北海道に引っ越した当初は
それほど気温が下がらないときには
水を少し出していましたね。

-20℃以下予報の時は、元栓を閉めて
水道管内を空にして寝ました。

そんなことをしながらも、
何年かに一回は水道管を凍結させてしまい水道屋さんに。
熱をバチンと通す道具でなおしてもらいました。

あっ、
一度だけアパートの水道管を破裂させたことも。(苦笑)
帰宅すると部屋が水浸しで驚きました。

懐かしい思い出です。
今は、水道管が凍結しないよう工夫されていると思います。

 

そんな朝、
昨日までの九州を考えると、八丈はまだ暖かく~
5時頃目は覚めましたが、6時になってから活動開始。

ご注文伝票の印刷をはじめ、メールの返信等々を
行いました。
商品梱包、発送まで一段落し
「旅行の写真、印刷しようかな。」

何枚かセレクトし、印刷。
フォトフレームに入れ、「行ってくるわ!」
フォトフレーム

R兄ちゃんちに行くと
「早そ!」
「暇だから。」(笑)
「福岡のラーメンが届いた~飛行機で来とうだあの。船は欠航だろ。」
「そう。大分の荷物届かないもん。」
「だろ~」

何と定期船は3日続けて欠航後、今日は三宅島まで来ましたが
引き返し欠航に。

旅行初日に買った商品よりも、早く帰宅するなんて
これまで初めて。(>_<)

とりあえず、ケイの分は
持ってきて良かったです。
おみやげ

 

そんな旅行ですが、
1月21日(日)、朝一便で羽田空港に向かいました。
たまたま駐車場も出口近くに止めることができ
「良かったね。」
なんて話していたのですが~

荷物を預けて、中に入ろうとすると
「携帯忘れたかも。」
とミクママ。
「すぐ取りに帰れば間に合うのに。」
「いや、別に無ければないで!」
何だか嫌な予感。(>_<)

飛行機は無事、羽田空港に到着。
窓側席の方の鞄を棚から下ろしてあげて、
通路に立っていると
後ろにいたR兄ちゃんが
「たかひろ、免許証かあんか落ちてるぞ。」
「えっ!」
座席には後ろポケットから落ちたガラケーが。(>_<)

 

「おまえら夫婦は二人であにしょ!(なにをしてろ!)」(笑)
いつもと違うズボンでしたので、座ってる間に
落ちちゃったんですね。
これが教訓となり、今回の旅行中ガラケーはたえず鞄の中に。
そのため、ほとんど電話に出ることもなく持参する意味がありませんでしたね。

 

羽田空港では、何と一番端のゲートから
正反対の端ゲートまで歩き、ようやく到着。
「どんだけ歩いと~」
「ほんとだ!」
700m位は歩いたのかな~

初めてのソラシド航空。
以前テレビで、CAさんが自分たちで考えた地域情報を
お客様に伝えた番組を見ていたので、搭乗が楽しみでした。

で、
「えっ、音楽ないの?」
「そうみたい。」
「背もたれは柔らかいね。」
「あごのだし汁が無料みたい。」

室内は、上部の空間が広く
ブルーの光が空をイメージさせてくれ
あっという間のフライトでした。

 

そして大分空港到着。
荷物の出てくるのを待つと
「あれ見て!」
テンション高いミクママの視線先は
エビ!

「別に・・・一応撮っておけば。」(>_<)

大分空港内には、足湯もあるのですね。
足湯

すでにTくんが迎えに来てました。
「昼、食べました?」
「まだ食べてないので・・・」
「どこ行きましょう?」
「とりあえずホテルに向かうか。」

と、向かった先の途中で
急遽入ったのがこちら。
大分漁協の「別府潮騒屋」さんでした。
昼食

2階のレストランで、しらす丼を頂きました。
しらす丼

1階の販売所では、干物も安価で販売されてました。
干物

価格は、350円から600円。
「原料が安いんだろうな~」
「ですよね~」

 

「時間まだ早いですけど。」
「途中だし地獄温泉を見に行かない。」

急遽、カーナビを設定し直し
「鉄輪温泉?」
と入力。
「たかひろ、どこの温泉げ行こど~」
本を見てもよくわからなく
「鉄輪温泉しかわからない・・・」

下調べをしていなかったので、
質問の意味がよくわからなかったのですが

鉄和温泉入り口を過ぎると
次々と地獄名が。
「ここ右に入ります?」
「入り口からの距離から、ここが一番端かも。」
「あっ、そういうことか~」

入った先は「海地獄」
海地獄

鮮やかなコバルトブルーと
湯煙がすごかったですね。(苦笑)

赤い湯もありましたよ。
赤湯

とりあえず、みんなで一枚。
海地獄園内で

と言いましても、
いつものごとくH兄ちゃんの姿はなく。(笑)

温泉を利用した温室もありました。
温室

中には、大鬼蓮が。
大きくなると20kg位の小学生が乗っても大丈夫とか。
はす

こんなきれいな花も咲いてました。
花

鬼地獄を見終え、外に出ると
「あれ?」
博多に住む、Aちゃん家族が。(^O^)

R兄ちゃんが、「どこの温泉ど~」
と聞いた意味がようやくわかりました。(苦笑)

なんでも、
H兄ちゃんを脅かすため、こっそり来たそうで
「Hおじ!」と、声をかけるとびっくりしたそうです。(笑)

そんな海地獄入り口前で一枚。
海地獄外

他にも血の池地獄、竜巻地獄、白池地獄、他たくさんありましたが
今日は海地獄だけで「地獄巡り」を終え
ホテルに向かいました。

あっ、
今回のレンタカーはこちら。
レンタカー
ホンダの新車 STEPWGN。

まだ新しく、乗り心地、燃費共に
最高でした。

約600kmを走り抜け、とてもお世話になった一台でした。

今日、書き終える予定でしたが
思ったより忙しく、ここまでにしますね。

今日の最終便は「雪のため」と条件付き。到着は?

今日の最終便で無事、八丈島に帰ってきました。

と言うのも・・・
長崎のホテルをチェックアウトし、シャトルバスを待っていると
組合長に電話が。
「一便欠航だって。」
「えっ~」(>_<)

長崎空港カウンターでは、「羽田で確認して下さい。」
とのことでした。

搭乗するはずの飛行機長崎着便は、
強風のため到着が10分遅れ。

「西風だと逆風になろんて~」
なるほど。
「どうて、こっち(長崎)からの飛行機ははやけじゃ。」
確かに。

更に
「2便も欠航だって。3便はまだ。」
「これは・・・やばい。」

飛行機は10分遅れで無事就航し、羽田空港に到着。

 

乗り換えしようとすると
「搭乗手続きを中止していますので、一度外に出て下さい。」
「荷物は?」
「そのまま預かっておきます。」
あちゃ。(>_<)

搭乗案内を見ると
「雪のためだって。」
手続き中止

こんなこともあるのですね。

話しによると、
八丈島に行く途中エンジンが凍ってしまうと、
とかす機械が八丈島に無いので引き返しになる。
とか。

そうなんだ~

それでも、15時予定が10分前の14時50分に
搭乗手続きが開始され、
「良かった!」

雲の上空は、ご覧の通り。
上空

とても穏やかでしたが、
着陸態勢に入ると、機体が揺れ始め
真っ白な雲の中を通過した途端
海上は大時化。

旋回をし始め
夕日の位置が下から上に?
よくわからなくなり、
突然、八丈島が視界に入ると
海上

神湊方面から滑走路に!

八丈富士が見えた途端
「雪だ!」
着陸

ガクン!
ガガガガガー
到着できました~(^O^)

今回の旅行は、雪が心配でしたが
まさか最後の最後、地元八丈島で雪の影響を受けるとは。(苦笑)

それでも無事、行程を終え
ホッとしました。

詳しい旅行の内容は、おって報告しますね。

ちなみに、八丈高校生も
23日(火)に修学旅行に出発。
北海道に向かったそうですが、その後どうなったのかな~

気になりますね。

さて、今日はここまでにしますね。
明日から、ご注文頂きました商品
発送再開しますね。
お届けが遅くなり、申し訳ありませんでした。

長崎のホテルからです。

今日は長崎にいます。
商店街内にあるホテルですが、とても静か。
昨日、一昨日とにぎやかな場所でしたので
久しぶりにくつろげます。

昨日は福岡から長崎へ。
雪を心配し、8時半前にはホテルを出ましたが
途中、雨が落ちる程度でスムーズな移動に。

カーナビ予定の10時半には
長崎軍艦島ミュージアムに到着することができました。
軍艦島ミュージアム

実は二年前、軍艦島ツアーに申し込みましたが
しけのため中止に。
今回が二度目の挑戦。

「どうですかね?」
「午前の便は上陸できましたが・・・」

今の段階ではわからないとのこと。

12時から乗船受付が始まるということで
とりあえず館内見学をしました。

バーチャルな映像は
「これ結構お金かかかってるね。」
リアルすぎて、船酔いしそうな気分でした。

後で知ったのですが、
入場料は1,800円!
どおりで~

ただし、
軍艦島ツアーの方は、半額だそうです。

写真はもちろん、テレビや冷蔵庫など
当時の住居がそのまま再現してる部屋もありました。
住宅

軍艦島の歴史を学んだところで
「どこかちゃんぽんの美味しいところありますか?」
と、受付のお兄さんに聞くと
目の前のレストランを紹介され
「この時間ならあいていると思うので。」

船の上陸を考えるとほかのお店よりも
お勧めらしく、
「ありがとうございます!」

レストランは比較的空いており
すぐに注文で、ちゃんぽん食べることができました。
ちゃんぽん

ところが
あっという間に満席。(>_<)
「よかったね~お兄さんのアドバイス聞いて!」

お店を出ると、玄関に「満席」の看板が。
満席

本当にタイミングよかったですね。

グラバー園下の商店街で、商品を見て歩くと
「商品価格が低いね~」
300円前後の商品、500円、600円台の商品が多く見られました。

「カステラも一切れずつ包装するんだ。」
「味見に食べるにはこれでよいのかな?」
「お土産にあげやすいんじゃない?」

お土産に高価に見えるものを買いそうですが、
もうそんな時代じゃないのかな???

もちろんお客様にもよりますよね。

そして、いよいよ軍艦島ツアーが!

今日はここまで。(>_<)
そろそろ出発準備しますね。
帰島は、明日25日(木)の予定です。

八丈島と札幌、どちらが暑かったでしょうか?答えは・・・

昨日、札幌から無事帰還しました!
札幌は暑くて暑くて。
まさか札幌で日焼けするとは思いもしませんでした。(苦笑)

ちなみに、札幌の最高気温は
7日(金)33.2度(八丈島 27.2度)
8日(土)30.0度(八丈島 28.7度)
9日(日)32.4度(八丈島 30.0度)

7月1日~5日までの八丈島最高気温は
24.2~25.5度でしたので、一気に5度以上上がったことに。
これじゃあ、体がついて行けるはず無いか~

 

6日(木)夕方札幌に入り、
晩ご飯を食べるまでは元気一杯だったのですが
その後、頭痛、腹痛に悩まされ
「こんな旅初めて。」(>_<)
結局帰りの新千歳空港まで、整腸剤と頭痛薬のお世話になりました。

せっかくの旅行が台無し。
やっぱり健康が第一ですよね。

 

旅行の詳しい内容は後日お知らせしますが
まずは身内のお話から。

長女ユリナッチが結婚しました!(^O^)
おめでとう!
新郎新婦

お祝いに、わが家の四人兄弟もそろい踏み
兄弟で

こちらは妻、三姉妹と母がそろい踏み!
三姉妹と母

久しぶりにみんなが集まりましたね。

 

たくさんお話ししたかったのですが
当日のメニューを見ると
「あれ?開始の挨拶って聞いてたけど、祝杯?」
「うん、祝杯だね。」
「えっ=」

式場の方に、
「祝杯って何話すんですか?」
「今日はお暑い中お集まりに・・・あとは一言でいいのではないでしょうか。」
「一言。。。」

祝辞と祝杯の挨拶が、頭の中をぐるぐるまわり
話しも上の空。(苦笑)
もちろん、本番直前の披露宴リハーサルなんて訳わからない。(笑)

 

まっ、そんな調子で迎えた本番。
娘と式場に入るときに頭を下げるタイミングは間違えるは
マイクの前に立つと、涙声で何話しているのかわからないわ
参ったな~

新婦ユリナッチ曰く
「おとうさん!ミクの時はどうするの!!」

どうするのって言われても、
ね~(苦笑)

ミクは場慣れした物で、いつも笑顔でしたね。
ミクと

時間できたら詳しくアップしますね。

 

今日は、お土産が北海道から届く日。
ヤマトを検索すると、お昼前には八丈島センター到着に。
「夕方には届くね。」

案の定、16時過ぎに「ヤマトで~す。」
「待ってた~」(笑)

すぐ知人宅に。
「札幌行ってきたのか!」
とか
「どうて店が閉まってたのか~」
とか
「飛行機飛んで良かったですね~」
等々。
会話が弾みました。

留守宅もあったのでもう一回りしなきゃ。
これから行ってきますね。

二度あることは三度ある?!高知から道後温泉への旅です。

何日ぶりでしょう~
朝からマスクをつけず一日を過ごしました!
更に、食品衛生協会の新聞配布で外回りも。

少し咳は残っていますが、だいぶ体調良くなり
ホッとしています。

まともに仕事したのは、7日の見学説明以来。
ということは・・・
二十日ぶりくらいかな~

これだけサボると
やること一杯のはずですね。(>_<)

 

ところで、今日はさらっと
旅行・高知→道後温泉編をご紹介しますね。
22日(日)
朝一便で八丈島を出発!
咳が止まらず、更に腰も痛くどうなることやら。
八丈島

この日は天候も良く、飛行機の心配は全くありませんでしたね。
と言うのも一年前は、雪のため一日早く東京へ。
そして翌日長崎に向かったのですが、雪のため遅延。
大変でした。(>_<)

飛行機は10時10分、羽田空港67番に到着。
高知便に乗り換えるため、到着ロビーから出発ロビーに。
「搭乗口は、67Bだって。」

待ち時間は短く、10時45分発の飛行機に乗りました。
席は、羽田便と同じ25A だったのですが・・・

飛行機に乗った瞬間
ミクママ曰く
「あれ?これ八丈島と同じ飛行機?」

するとR兄ちゃんが、キャビンアテンダントさんに
「同じ飛行機?」
「はい!」
「みんな?」
「はい!!」
「なんだ~降りる必要なかったじゃん!!」(笑)

なんと八丈島便が高知便に。
しかもキャビンアテンダントさんも一緒。

更に座る席も一緒なので・・・
「あっ~このペイント見覚えある~」
このペイントは・・・

で、高知空港に到着。
龍馬空港と呼ぶのですね。
龍馬空港

はりまや橋を横目にホテルへ到着。
すぐに近くで開催されているお魚市に。
おさかな市

更に300年以上の歴史を持つ日曜市にも行ってきました。
日曜市

食べ歩きしながら日曜市の端まで来ると
「あっ、高知城。」
高知城

高知城は、日本で唯一本丸の建築群が現存。
更に天守と追手門の両方が残るのは全国でも3城のみだそうです。

すぐ脇には、山内一豊の像がありました。
大河ドラマを思い出しますね。
山内一豊

この日はまだ風邪が治り切れていませんでしたので
これでホテルに。
少し休憩したあと、夜はみんなで「ひろめ市場」で食事!

そこで、
「あれ?」
「あっ~」
なんと、八丈島、羽田経由、高知まで一緒でしたキャビンアテンダントさんが私服で!!
「三度目だ!!」(^O^)

こんなこともあるのですね。

 

さて、翌23日(月)
朝から桂浜に向け出発!

まずは高台を登り龍馬像前にて。
龍馬像

沖合には、漁をする船が見られました・・・
漁

防災無線では、「大波に気をつけて下さい。」
との案内があったのですが。
海岸線はとても静かに見えるのですが・・・
桂浜にて

最寄りの坂本龍馬記念館に行きました!
龍馬館

玄関前では、シェイクハンド龍馬像が迎えてくれました。
心をつなごう

おりょうさんも迎えてくれますよ。
おりょうさんと

館内には、龍馬が持っていた銃と同じ物が展示されていました。
龍馬の銃

暗殺された近江屋の八畳間も復元されており
龍馬暗殺の部屋

血痕が残った屏風や掛け軸も展示されていました。
血痕

屏風に

帰りにミクママもシェイクハンド!
シェイクハンド

桂浜をあとにしました。
今日の宿泊先は道後温泉でしたが、
「四万十川を見たい!」
と言うことで、南下。

そしてようやく沈下橋 (久万秋沈下橋) を見ることができました。
橋

久万秋沈下橋は四万十川本流に架かる2番目の沈下橋で
昭和39年架橋されたそうです。
看板

四万十川ですね!
四万十川

沈下橋の上流は静かでしたが
上流

橋の下を通ると流れが速くなってました。
下流

だいぶ逆方向に来てしまったので
「道後温泉に向かいます!」

天気も良く、最高だったのですが・・・

「あれ?雪だよ。」
雪が。。。

「積もってきた!」
積もってきました。

「大丈夫かな・・・」
なんと、路面は真っ白。
更に夏タイヤで
「飛ばすなよ・・・」

アンチロックブレーキが響くなか・・・
真っ白に・・・

日本三大カルストの一つ、四国カルストの
峠脇を越えていくのですから、雪も深くなるはずですよね・・・

「うわっ!何これ?」
「まだ深くなるの?」
「標高は?」

峠を走る度に雪が深くなり、真っ青。(>_<)
ツルツルです。

積雪がなくなり、道ばたにお店が見えたときには
みなさんホッとして
「とまろがん。」
みかんを試食し、しばし休憩しました。
お店

 

そして事故も無く無事道後温泉宿に到着!!
玄関を通ると、すぐに蛇口が!
この蛇口は

「あぁ~これこれ!」
なんと、オレンジジュースが出てきました。
オレンジジュースが

しかも3種類飲み放題。(^O^)

部屋には、趣ある浴衣が。
やや

お風呂とトイレは狭かったのですが
あとは最高でした。

徒歩圏内に道後温泉もあり
道後温泉

夜は風邪のため入りませんでしたが
翌朝、フロント脇にある今治タオルの中から好きなバスタオルをお借りし行ってきました!
今治タオル

運良く、温泉独り占め!
一人で泳いでました。(笑)
今治タオルも気持ち良く、最高でしたね!!

 

話しは戻りますが、夜は地元の居酒屋さんに。
地ビール、美味しそうでしたね。
地ビール

今回の旅行で、アルコールを飲んだのは
三日目の夜に「生」を一杯だけ。(>_<)
あとはコーラとカルピスのみ。
今ひとつ話にも乗りきれず
なんだかな~
でしたね。

それでも料理は最高でした。
一日20食限定「あぶり鯛めし」をはじめ、たくさんの料理を頂きました。
料理

でも三つのテーブルに分かれて
「たかひろのところが一番金額が少ないな!」(笑)
「アルコール代が入ってないから!」

旅行前半はこんな感じで過ごしました。
後半はまた後日、お知らせしますね。

 

あっ、高校野球。高知県四万十市の中村高校が選ばれましたね。
77年春の選抜に初出場した際は部員12名で準優勝に!
今回もがんばって欲しいですね。

旅行写真を加工した理由は・・・怒られちゃうな~

今日は午前2時半過ぎに起床。
と言っても、暑くて目が覚めちゃいました。

「涼しいうちに魚上げなきゃ!」
と、加工場に。

塩抜き用の水ためを開始。
いつもより、1時間近く作業を終える事ができました。
塩抜き中

あとはできあがりを待つだけですね。

そんな作業中、
「朝、たかひろ~と呼んでも出てきんなかろうじゃ。(出てこなかった)」
「またすぐ上京すろんて、くさやの製造中だったぁ~」
「そごんだと思うらわ。(そうだと思った)」

加工場にいましたので、
全く気づきませんでした。(>_<)

 

実はいつも旅行に行くと、みんなで写真を撮影。
印刷しフレームにいれプレゼントするのですが・・・
旅行写真

今回の写真に限って一部加工しました。

写真を持って、みなさんのご自宅に行くと
「たかひろで~す。」
「写真できた?!」
旅行が終わり、私が顔を出すと
写真とわかっているので用件が早い。(苦笑)

「はい!みんなの希望通り作ったよ。」
「ワワワッ」(笑)

実は東尋坊で写真撮影しようとしたのですが・・・

そこは自殺の名所。
やはり海岸先端まで行かないとですよね。
東尋坊

ところが一名不明。。。

「写真撮ろんて、早く降りてこ~」
「あらよっきゃ!」
「そごんどぅ事言うと、卒業アルバム見たいにするぞ~」

そこまで会話は聞こえず・・・
仕方なく加工した写真がこちら。
アルバム用

怒られちゃうな~(笑)

 

この日は、
あまりに日差しが強く帰り道ソフトクリーム屋さんに。

「いつもこんなに天候が良いんですか?」
「いや~この間まで冬の海。今日は海が静かで船の観光日より。」
「ですよね。」
とてもじゃないけど自殺名所に思えない。(>_<)

「これからどこか行きたいんだけど・・・」
「加賀フルーツパーク。」
「今、何が採れます。」
「ん~」

と取り出したスマホで調べ始めると
「残念、サクランボは終わったばかり!今はブルベリー。7月からブドウ・・・」
と教えてくれたのがこちらのお姉さん。
ソフトクリーム屋さん

丁寧に対応してくれてありがとうございました!
このあと教えて頂いた「雄橋」に直行しました。

おっと、
旅行のお話しは、順を追ってくわしくご紹介していきますね。
ちなみに今のお話しは、帰島前日でした。

 

そうそう
今朝は、ドイツ対イタリアの試合がありましたね。
作業中でほとんど見られませんでしたが、延長戦後半わずかとPK戦はライブで見る事ができました。
世界を代表するGK二人でしたので、みんな外す外す。
5人終わって、2対2。
3人外して勝敗が決まらないなんて・・・
イタリアのGKブッフォンも涙するはずです。

試合は9人目にドイツが決め勝利!
大きな大会で、ドイツがイタリアを破るのは初めてと紹介していましたね。

準決勝に勝ち進んだのは
ポルトガル、ウェールズ。
そして今日のドイツ。
残り一枠は、開催国フランス対アイルランドとなりました。

準決勝。
ドイツ対フランスが実現すると
事実上の決勝戦?
とても楽しみです。

北九州旅行(7) 2年ぶりの再会

Uさんと初めて会ったのは、三年前。
二年前には、博多の街、太宰府を案内してもらいました。
そして二年ぶりの再会。

待ち合わせの10分前頃にロビーに降りると
すでにソファーで待ってました!
「あっ!」
元気そうで安心しました。

以前、心臓の手術で管が4本も入ったとか・・・
笑顔見てホッとしました。

「どこ行きます?」
「かみさん初めてなので、お任せします。」

と言うことで、
今回、まずは博多駅に。

博多駅の柱には、
九州新幹線の紹介や
九州新幹線
カエルが張り付いてました。
かえる
カエルは、「無事帰る」という願掛けだそうです。

100円バスで、天神に向かいました。
途中、壁と壁の間がとっても薄いビルを見たり
とてもおもしろかったです。
ちなみにそのビルは、シングルベット1個分くらいしかない建物で
一階はお店のテナントでした。

アクロス福岡等を見ながら
安国寺境内にある大梵鐘楼堂に。

そうです。
11時になると、
口径1.88m、高さ3.15m、重量10tの
とっても大きな鐘が鳴らされます。
鐘

ゴォオオオオオオオン
と、お腹の底まで響く音は他では体験できませんね。

更に鐘の上部を見ると
天井
この様に、「天井を見て歩くのもおもしろいですよ。」
と教えて頂きました。

野村證券会社 福岡支店にある
母里太兵衛の名槍「日本号」をみたあと表に出ると
野村證券

「間口が広いんですよ~」
と言う話を聞いて、
「あっ、なぜでしたっけ?」
「ここは母里太兵衛の屋敷跡。当時の屋敷をそのまま購入してるので、
博多のビルの間口は他に比べ広いんです。」

野村證券の看板から反対側の端を眺め
「思い出した!そうでした~」
二年前、思い出せずに日記に書けませんでした。(苦笑)

新天町大時計塔へ。
からくり時計
この時計は1981年(昭和56年)に新天町商店街が創業35周年記念で造られ
1996年(平成8年)にリニューアルされたもので
確か寄付してもらった時計と記憶が・・・(>_<)

次に東北のショップに。
実はここ3割引商品がずらり!
東北の方が、東北より安いと購入されるほどの穴場だそうです。
3割引!

そして、
「あっ、鳴り始めた!」
そうです。
12時に鳴るカトリック教会の鐘です。
カトリック教会の鐘

ちなみにこの建物敷地は、バチカンが所有しているそうで
カトリック教会

移転を願い出ても断られ、直線道路はこんな風に曲がってしまいました。
曲がった道

昼食を食べ、午後から向かったのは
太宰府
そうです。
学問の神様太宰府天満宮です。

入り口左には、スターバックス職員がお薦めするお店が。
スタバ

国立競技場を設計した隈研吾さんの設計だそうです。
木のぬくもりが感じられますね。

中に進むと、楼門屋根にはまだ雪が残ってました。
太宰府

前回同様、お石茶屋で焼きたての梅ヶ枝餅とお茶を。
とても静かなで落ち着く茶屋ですね。
茶屋

帰りに、九州国立博物館へ向かいました。
太宰府天満宮の中にこんな大きな建物があるとは!
美術館

長いエスカレーターを上がっていくと
長いエスカレーター

とても広くて高い木工づくりの空間が広がってました。
画像は山笠です。
中は~

夕方16時頃、再び博多に戻り神社巡りをしました。
「長田さんも見たことないところに行きます。」
と連れて行かれたのがここ
博多千年

博多千年門です。
承天寺のところにあります。
なんと平成26年3月にできあがったばかり。

紹介覧には
「博多千年門」をくぐって承天寺通りを通り、寺社町の散策を。
と紹介されておりますが・・・

実は「赤ちゃん本舗」博多店が閉店となり
その場所にマンションが建ったとか・・・

承天寺さんとは高いビルは建てないとの約束があったそうで
いろいろ話し合った結果、博多千年門、承天寺通りがつくられたようです。
それにしても立派にできあがりましたね。(>_<)

そして、福岡市で初めて国(文化庁)の登録有形文化財として
認定された和風旅館「鹿島本館」

三年前、ここでUさんと出会いました~(^O^)
鹿島本館

NTTの個人株主の筆頭がこちらの方とか・・・
Gion1.1

暗くなり始め、屋台も走り始めました。
屋台

最後に、山笠のスタート地点。
櫛田神社を周り、探索を終えました。
櫛田神社

櫛田神社裏方面から川端商店街に出ると
「先日のプラタモリで、ここの建物の二階に住み込みで・・・」
確かタレントさんが昔住み込みして働いてたと。
誰だっけかな~

思い出したら書きますね。(>_<)
ホテルに戻り、Uさんとのとっても楽しい探索が終わりました。
他にもいろいろ歩いたのですが、大まかすぎてごめんなさい。
楽しいお話しに満ちあふれてました。

次回もし博多に行くことがあったら
福岡城跡かな~
二年前に来たときは、タブレットを使用したバーチャル案内を
教えて頂きましたが、最新式ではメガネをかけて・・・
Apple Glassを私用してCGを共有できるなんてすごいですね。
楽しみです。

Uさん! 一日付き合って頂きありがとうございました!

さて、
この日は、もつ鍋を食べに行きました~
おなか一杯の後、
「島田洋七のお店」行き、おでん屋を。
もうおなか一杯。
とうとう屋台のラーメンを食べることはできませんでした。(>_<)

こうして、博多最後の夜も終了。
翌日は飛行機で八丈島まで帰島しました。

北九州旅行(6) 長崎から博多へ

昨日に続き、今日予定していた軍艦島も不可能となり
直接博多へ向かうこととなりました。

「高速より、下を通っていこごんの。」
と言うことで、佐賀経由博多に。

「どこか寄りたい所あります?」
「さいかいばし。」

私の頭の中には、
「再会橋」と言う文字しか浮かばず・・・

到着してみると、
「西海橋」でした。(苦笑)
画像左が西海橋、右が新西海橋です。
西海橋と新西海橋

橋の間は、鳴門海峡のように渦を巻いてましたね。
新西海橋

ちなみに画面下の長崎市から、右上の「現在地」まで走りました。
現在地

この後、
伊万里焼き、有田焼きの産地、更には唐津城を横目に
博多へと向かいました。

そして、2年ぶりの博多に到着!
ホテルキャナルシティは、相変わらずコンコン修理の音が響いてましたが(苦笑)
とても懐かしく嬉しかったです。

もちろん、すぐにラーメンスタジアムに。
ところが超満杯で、
「えっ~全部のお店が一杯なんて・・・」

一番入りやすそうだったのがこちら
札幌ラーメン

札幌ラーメン大地でした。(苦笑)

屋台で九州ラーメンは食べるでしょう~
と言うことで選んだのですが・・・
夜はおなか一杯で、とうとう食べることはありませんでした。(失敗)

食券販売機前では、中国人女性らしき方が二名。
お店の方と何回かやりとりをし、その間ずっと待っており
ようやく番が来たと思いきや
新たな中国女性と思われる方が、突然販売機の前に。

しばらく販売機を凝視した後
ふと振り返り私たちを発見。
ようやく自分が割り込んでいたことに気づき
その場を離れていきました。

実はスタジアムが満杯だったのは中国のお客さんで溢れてまして
ラーメンを食べ終わり、スタジアムを見渡すと
どのお店もガラガラでした。(笑)

14時になったので、チェックイン。
ツインのお部屋はこんな感じでした。
ホテルキャナルシティ

まずは中州探索開始。
お昼に食べたかった、活イカのお店は残念ながら準備中でした。
河太郎

一回りした後、
キャナルシティ内でお土産等の買い物巡り。
突然始まった音楽共に、水が踊り出し
「噴水ショー」が始まりました。
噴水

噴水

四階まで吹き上がるんですよ
噴水

とても楽しかったです♪

ところが、キョンパパ珍しく頭痛でダウン。
1時間ほど部屋で寝ちゃいました。

夜は中州に。
東京、長崎、博多と毎晩、贅沢三昧。
この日も、居酒屋さんでおなか一杯。

それでも
帰りに屋台におもむき
「今なら座れますよ~」
と言う言葉につられ中へ。

さすがにラーメンが入るお腹の隙間はなく
串焼きセットと、天ぷらセットを食べました。

一応目的を果たし、ホテルに戻ると
こんなにきれいでした。
ホテル

明日は、楽しみにしていたUさんと再会する日です!