「25年目の出会い」は懐かしい旅でした。(5)

今朝は穏やかでしたね。
いつものように「今朝の飛行機は順調!」と打ち込もうとしましたが、念のためとANAサイトを見ると、
「視界不良のため1、2便欠航!」
更に時間を追って再検索すると
「羽田空港 降雪の影響に伴い、欠航」
八丈の天候に左右されず欠航することは珍しいですね。

ちなみに、定期船は順調でした。

そんな今日は朝から取材予定でしたが、昨日の夕方突然、「明日の天気予報が悪いので今から大丈夫ですか?」とcolocalさんの取材が。商品の撮影終えると、くさやを試食しながらの世間話となりました。(笑) 
一昨昨日は、るるぶさんから掲載記事確認の連絡があったばかり。みなさんのおかげで紹介頂けるのは嬉しい限りですね。

それでは、今回の旅報告もいよいよ今日が最後です。

八丈島に帰る移動日前は自由行動でした。
1月24日(木)
朝、
「弊社にてお待ちしています。」
とのメールが。
「道が不安なので、これからゆっくり向かいます。」
と返信し、妻と二人でホテルを出ました。

未だガラケーの私。
印刷した地図を見ながら、ホテルの裏から川沿いに歩き始め
「ん!」
地図と、現状が違う。(>_<)

「予定の道と違うけど、この先のはず。」
としばらく進むと信号が。その先に目をやると
「あっ、住吉神社。ここだ。」
信号が青になり、地図を見ながら横断歩道を渡り始めると
「もしかして、おさださんですか?」
「はい。」

顔を上げると、その先には
HPで見た、Tさんでした。(^O^)
その笑顔は、HPよりぜんぜん若くびっくり。
「わかりにくいんですよ。この辺りは。」(苦笑)

なんと、冬空の中、
交差点で待っていてくれました。
そこから数十メートル歩くと、
「ここが会社です。」
と階段を上がり、事務所にご挨拶を。

そのまま更に階段を上がり・・・
元はNTTの物件だったそうで、作りが面白かったですね。

話し長くなりましたが
Tさんは、太平洋貿易株式会社の会長さんです。

二十数年、年賀状の挨拶をしていましたが
お目にかかるのは初めて。
今年の年賀状に「博多に行きます。」 と添え書きすると、お問い合わせフォームから「食事でも」と連絡頂きました。

話しを遡ると、25年前。 たぶん。(苦笑)
当時私は、北海道でクロソイの種苗生産を行う準備をしていました。

種苗生産を行う上で必要となるのが
生まれた仔魚の餌となる動物プランクトン(ワムシ)と、
動物プランクトンの餌となる植物プランクトン(クロレラ)でした。

簡単に入手できないので困っていると、当時神奈川水試にいた先輩から
紹介して頂いたのが、太平洋貿易さんでした。

今思うと、北海道から九州に注文していたのですね。(>_<)
メインでしたエゾアワビの配合飼料も愛媛から注文していたので
当時は送料よりも、先端技術を求めていたのかもしれません。

ワムシ、クロレラ共に培養するのですが そのための強化剤として、今では当たり前となっていますが当時は画期的な商品でしたね。

特にクロレラ工業の生クロレラは、ワムシの培養には欠かせないものでした。

そんな商品をいち早く取り入れ、技術化していったことが北海道での私の立ち位置となったのかもしれません。

当時は電話の取引ですから
「良質のアルテミア、わけて頂けませんか?」
「今年はユタ産が・・・」
なんて会話をしていましたね。

仔魚が大きくなると、餌を小さいワムシから
一回り大きいアルテミアにかえていきます。

アルテミアは卵からふ化させるのですが
当時は、産地によりふ化率や栄養にばらつきがありましたね。

そんな要望を受けてくれたのが
太平洋貿易さんでした。

今回のお話しで知ったのですが、
仔魚をわけあげていた生産者さんと、頂いていた業者さんの橋渡しをすることで、みんなに喜ばれたと聞きました。
いつ仔魚が生まれるかわからなかい時代ですから、頂く方は泊まり込みの待ちにもなりますし、品質について意見を言えませんでした。そこを有料としてそれぞれの大変な作業を受け持つことで商売としたのです。
Win-Winの商売は今回の旅行でちょっと閃くものがありましたね。

そんなTさんの会社と私のお付き合いは短くて、たぶん3~4年くらい。
その後年賀状だけの挨拶が続き・・・
まさか、お目にかかれる日がくるとは思いもしませんでした。

世界に目を向けるTさんのお話しは楽しかったですね。
従業員のみなさんもとても若くて輝いてました。

「くさやは海外に向けて販売しないのですか?」
「シンガポールや台湾は日本にないものはないので売れると思いますよ。」と。

お話を聞いているうちに、できる事まだまだありそう!
そう思えるようになりましたね。

あっという間に時間はすぎ、
「太宰府まで私が車で送りますよ。」
「えっ!」(>_<)
「帰りは自分で帰ってきて下さいね。」(笑)
「はい!ありがとうございます。」

お言葉に甘えて、階下の駐車場に行くと
「あっ・・・」
革張りのソファは心地よかったのですが恐縮しかり。(>_<)

そう言えば、十数年前、桜の苗木を送ってくれた社長さんから
「おさだくん!ベンツいらないか~」
と言われたことを思い出しました。(笑)

太宰府までの道のりは、Tさんの楽しいお話しで
盛り上がりましたね。
太宰府駅が見え、「あっ、ここで十分です。」
「じゃあ、ちょうど信号赤なので。」

ありがとうございました。

わずか2時間あまりでしたが
とても懐かしく、嬉しい時間となりました。
「Tさん!ありがとうございました。」

太宰府駅

交差点を渡り太宰府駅に。
博多駅まで直行のバスができたので
バス時間を確認し、太宰府天満宮に向かいました。

お土産品を見ながら
「お昼をどこかで食べたいね。」
と探していましたが見つからず
スタバでいいか~
あの国立競技場を設計した隈研吾さんのデザインですね。

スタバ

外は写真撮影等で賑やかでしたが
中は思ったより空いていてのんびりできました。

昼食

休憩を終え、
「いこうか~」
スタバを出ると、すぐ隣に
食堂が・・・
「なんだ!ここにあるじゃん!」(苦笑)

三度目なんだけどな~(笑)

13時からは過去二度太宰府に連れてきて頂いたUさんと
九州博物館で待ち合わせです。

その前に、太宰府天満宮へ!

太宰府天満宮

学問で有名な神様ですが、巫女さんに「入院されている方に大丈夫ですか?」と声をかけると、「大丈夫ですよ。」とのことで、いつも旅行で一緒だったH兄ちゃんに病気平癒のお札を購入。

お札

時計を見ると、12時45分過ぎ?!
「あっ、もうそろそろ行かないと間に合わない。」(>_<)
ちょっとのんびりしすぎました。

慌てて、九州博物館に向かい歩き始めます。
途中、「きれい!」
と梅の花を撮影する妻をせかし、到着!

九州博物館

ここから長い長いエレベーターに乗り、着くのは何分後?
なんて考えながら、更に先に。
待ち合わせ場所のホールに到着したのは約束の5分前でしたね。

3年ぶりのUさんはスーツに包まれ、とてもダンディでした!(^O^)
その後、なんと4時間もお付き合い頂き!
縄文時代からたっぷり説明して頂きました。

神津島産の「特大」黒曜石を見たときにはびっくりしましたね。
「こんな黒曜石見たことない!」
東京都博物館からお借りしているそうで、撮影禁止が残念。

途中、シアターで休憩を兼ねながら「神やどる島 宗像 沖ノ島」を見たり、とても有意義な時間でした。

ちなみに、日本に国立博物館がいくつあるかご存じですか?
東京、奈良、京都、そして九州の4つあります。
中でも九州国立博物館は一番新しい博物館で2005年に開館10月に開館しました。
「一番新しいと言うことは、耐震構造も一番なんですよ。」と。

地震で倒れた他館の展示品も預かっており
展示品の前で
「(地震の際)ここが一番安全なんです。」
と。(苦笑)

展示ゾーンは5つに分かれており、縄文時代から開国まで順にゆっくり見ることができました。 普段目する事の無い銅鐸や銅鏡はじめ、 仏様の顔や手つきを時代の変化と共に感じることができましたね。 1000点を越える収蔵品は、順に展示しているそうなので、何度来館しても楽しめるそうです。

この日は 1月29日から始まる特別展「京都・醍醐寺 – 真言密教の宇宙 – 」の5日前でしたので、来場者が少なく「こんな日は珍しいんですよ。」と。おかげで広い館内をゆったり楽しめました。そうそう授業中?の子供達もいまして!展示物を見る子供達数名に、「一緒に聞いてもいいよ。」と説明するUさん。すごいな~

展示物にはとても高価なものもあるそうで、各部屋にはガイドさんとガードマンさんが。海外の方がスマホで撮影しはじめると、ガードマンさんがすぐに注意してましたね。それぞれの立場で、それぞれの仕事を垣間見ることができました。

Uさんとはじめて会ったのは6年前。博多のボランティアガイドさんに連れられ、外国人の宿泊が多い 和風旅館「鹿島本館」の前でしたね。翌年、博多の町を紹介して頂き、3年前は妻と一緒に再度博多の町を。そして今年は博物館を案内して頂きました。「説明上手な方で良かったですね。」「次の会長さんですよ。」なんてお声をかけられることもありました。(苦笑)
最後に、館前でパチリ!

Uさんと

会社を退職し、九州での新たな活動は羨ましい限りです。

お別れした後、「たしか10分発のはず!」と、早足で太宰府駅。すでに10名ほど並んでいて、後ろに着くと。「?!」なかなかバスが来ない。時刻表を見なおすと、16時からは20分発。(苦笑) でも早めに並ぶことができ座って博多駅行きバスに乗ることができました。博多駅バスターミナルでは一つ上の階に行くと、たまたまキャナルシティ前行きのバスを発見。すぐさま飛び乗り「良かった!」無事、本日の自由行動を終えました。

翌日の朝、窓から顔を出すと朝日をバックに博多空港から飛びだつ飛行機が見えましたね。飛行機、見えますか?

朝日と飛行機

博多空港から、羽田経由八丈島に。
冠雪した富士山が見えました。

富士山

途中、三宅島も。自信ありませんが。(苦笑)

三宅島

こうして今回の旅も終了しました。
体調が悪く夜は楽しめませんでしたが、妻は念願のイチゴ狩りと牡蠣小屋体験をし、私は二十数年来のTさんと初めて会うことができ、そしてUさんと再開することができ大満足の旅となりました。

博多編は妻の夢を叶えて。(4)

今日は嬉しいお電話が。
初めてのお客様でしたが、以前から八丈島のくさやをご賞味頂き、今回娘さんにネットで調べてもらったそうです。「こちらのくさやが美味しそうだと言われて。」と、ご注文頂きました。(^O^)
嬉しいですね。明日にはお届けできますのでぜひお楽しみ下さいね。
(追伸:佐渡に向かう船がドックだそうで、一日、二日遅れるそうです。)

今、もっとわかりやすいホームページをと計画中なのですがなかなか・・・
家族で培った伝統のくさやを、未来に向けて発信したいと思ってます。

さて、今日は旅の後半。博多編です。
1月23日(水)
熊本最後の朝。
いつもなら旅先で散歩をするのですが、体調不良でそんな余裕も無く。。。
休養兼ねての旅となりました。

「酒蔵はやめて、イチゴ狩りと牡蠣を食べに行くぞ!」
なぜか妻の希望が100%叶えられ、鹿児島から博多に行く途中イチゴ狩りと牡蠣の焼き小屋へ行くことに。

道中の車内では、昨晩、一昨晩の二次会話しで大賑わい。
「(ホテル)帰りに、(飲み屋に)拉致された!」と。
天文館通りを歩いていると、仲間にすぐ見つかるので危険ですね。(苦笑)

で、念願のイチゴ狩りは、
八女市にある日本最大級いちご園「プーさんのいちご園」行きました。
あまおうを初め10種類のイチゴが二つのフレームにあり食べ放題。
フレームの中は温かく、蜂さんが受粉をしている中、真っ赤なイチゴを選んで食べました。

イチゴ狩り

とにかく甘い!
練乳200円で販売していましたが、不要でしたね。型も大きく、学生時代に静岡で食べたイチゴ狩りとの差に驚きました。
で、一応おきまりの

イチゴ狩り!

60分食べ放題だったらしいのですが、わずか30分でみんな見えなくなり・・・
ちなみに私は二十数粒しか食べられませんでした。(>_<)

いちご園を後にし、次は牡蠣!
糸島にある焼き牡蠣店に向かいました。
到着してびっくり!なんと10件の牡蠣小屋並んでました。

牡蠣小屋

牡蠣小屋の中でもテレビによく出る「のぶりん」で牡蠣を頂きました!
のぶりんとは、店主漁師さんのお名前だそうで、店内ではみなさんのぶりんの名前が入った黄色のジャンバーを着せられます。

のぶりんにて

牡蠣を焼くと数分でふたが開くので、へらで殻を開き上蓋を取ります。後はお好みの焼き加減で!午後2時半と言う微妙なタイミングでしたが、にぎやかな時間となりました。 私はと言うと・・・ハマグリの方が美味しかったかも。(苦笑)

そして、博多と言えばキャナルシティ!
今回は、再びキャナルシティーに宿泊することができました。
二年ほど前でしたでしょうか?
当時は一部工事のため、「ガガガガガッー」と大変賑やかで。(>_<)
今回は改装も済みとても静かでした。

が・・・
「ちょっと部屋の中におわない?」
帰りのタクシーで聞いたのですが
排水口の香りが市内にしているそうで、
「(排水路の)掃除もやってるんよ。」とか。
ハッキリとは言いませんでしたが、屋台で流している方も・・・
う~ん、賑やかな街なのにもったいないですね。

で、時間が少しあったので
向かいビルのユニクロ等で買い物を。
一休みした後、博多の夜はこれ!

イカ刺し!

やっぱりイカ刺しですね。
「今時期は小さく・・・」とのこと。ちょっと残念でしたが美味しかったです。
晩ご飯後は中州を散策。3年ぶりに焼きたての梅ヶ枝餅も食べました。
帰路、キャナルシティの地下へ降り!

噴水

噴水を見ながら、一度は食べてみたかった地下店舗のクレープを食べました。

クレープ店舗
順番待ち~
クレープ

お土産店も閉まっていたので、エレベーター入り口脇にある「くまモン」と同化し、部屋に戻りました。(苦笑)

くまもん

こうして、博多一日目の夜を終えました。
鹿児島からの移動は、やはり距離がありますね。

鹿児島編の紹介!メインはやっぱり白熊くん?

今日は午前1時半に目覚め、その後は寝坊しちゃいけない・・・と。(>_<)
前回の焼きくさや製造で寝坊したため、寝た気のしない朝となりました。

お陰で、早朝より焼きくさやの製造を開始。
焼き終えてお店に戻ると、玄関前に車が。
不思議に思いお店を開けると、お客様が!
「こっちです!おはようございます!!」
「お~」
「すみません。裏でくさや焼いてました。」(>_<)
「そうか~」
時計を見ると7時過ぎ。みなさん朝が早くなってきましたね。(苦笑)

こちらは全く進展していなかったので~
旅の続きをご報告しますね。

1月21日(月)
尚古集成館を見学し終えると、みんなの姿を見失い
Tくんに電話を。
「どこですか?」
「あっ~みんな車です。」
「すぐ行きます!」(>_<)
実はこの後も見学途中二回ほど電話することが。
「そろそろ、隆弘から電話がかかってくるぞ~ ほら、かかってきた!」
と茶化されながらの旅となりました。(笑)

次に向かったのが「城山」です。
西郷隆盛が最後にこもった山ですね。
城山公園から見る桜島はきれいでしたね。

城山から見た桜島

西郷さんも、城下を見下ろしながら桜島を眺めたのでしょうね。
で、きれいな背景でしたので写真を撮ることに!
この時は気づかなかったのですが・・・

みんなで

なんと!背景の桜島が見事に消えてる!
思わず、桜島を重ねたくなるほどショックでした・・・

この日は城山を降りそのままホテルに。
一時間ほど休憩時間ありましたが、パブリックロードレースの疲れで風邪気味。
晩ご飯までのんびりくつろぎました。

今宵の晩ご飯は、イケメン兄弟が営業する「炭火居酒屋 笑吉」さんに。
初日と言うことで、ゆったりと思いきや・・・
「おにいさん!グラス洗わなくていいからおかわり!」
ジョッキのおかわりで休む暇も無い忙しさでしたね。
ちなみに私は、いつものように生二杯で打ち止めでした。

1月22日(火)
翌日は、桜島に。
今らか約400年前、島津家18代家久の頃から始まったと言われる鹿児島港。
日に一度だけ周遊する桜島フェリーに乗って桜島に向かいました。

桜島へ

途中、帆船 海王丸の姿が見えましたね。

海王丸

更に潜水艦も・・・

潜水艦

船上では、ボランティアのガイドさんに話しかけられたり、のんびり桜島に向かうことができました。上陸後向かったのは、標高373mの位置にする湯之平展望所。

湯之平展望所

展望台をぐるりと回ると、八丈島にも噴煙地層が残る姶良カルデラのことが紹介されていました。姶良カルデラは、鹿児島湾と桜島をすっぽり囲む大きさだったのですね。約29,000年前、巨大噴火は日本列島にその噴煙を残しました。ちなみに桜島は26,000年前の噴火でできたそうです。

姶良カルデラ

桜島といえば、やはり長渕剛さんで有名な「叫びの肖像」ですね。
約6千人の島に、7万五千人集まった「長渕剛オールナイトコンサート」(平成16年8月21日)
朝日と共にフィナーレを迎えたそうです。

叫びの肖像

桜島で昼食後、フェリーにて帰港。知覧特攻平和記念館に向かいました。
映画「永遠のゼロ」を思い出しながらの道でしたね。
(追伸:主人公宮部久蔵少尉が最後に飛び立った海軍特攻の基地は鹿屋基地。陸軍特攻隊の基地がこの知覧だそうです。)
駐車場から記念館に向かう途中、海から上げられたゼロ戦の姿が。

ゼロ戦

知覧は、特攻隊の飛行基地として本土最南端に位置してたため、全特攻隊員1,036名のうち439名がここから出撃したそうです。特攻作戦は250kgの爆弾を装着し、4月6日の第1次総攻撃から7月1日の第11次総攻撃まで続いたそうです。

こちらは出撃前の隊員が宿泊した三角兵舎。
最後の夜を思うといたたまれなくなりました・・・

三角兵舎

会館の中には、たくさんの手紙を初め遺品が。
あまりにも若すぎる子供達の出撃は、沖縄で看護要員として戦場に動員され、亡くなっていった「ひめゆり学徒隊」の「ひめゆり平和祈念資料館」に行った時のことを思いだしました。
戦争はしてはいけない。改めて心に刻みましたね。。。

あっという間に時間が過ぎ、市内にUターン!
知覧にある武家屋敷も見たかったのですが、時間的に無理でした。
ホテルに戻る前、
「今日のうちに行こう!」と誘われたのがこちら。

しろくまくん

白熊の本家 天文館むじゃきでした。
夕方5時過ぎだったのですが、ソフトクリームののったレギュラーを注文すると

かき氷

「しまった!」(>_<)
あまりの大きさに愕然。
食べ終わるまで、何度手を止めたことか・・・
できることなら
「熱い夏に食べたかった!」
それでもふわふわ感と、ミルク味は絶妙でした。

みんな、ミニサイズでしたので
先に帰り・・・
最後まで残って完食すると、
お茶のサービスを頂きました。(苦笑)

夜は、天文館通りにある店でお肉をはじめおなか一杯!
食べるはずでしたが・・・
しろくまくんでおなか一杯。(>_<)
ビールも飲まず、カルピスで我慢。
アルコールなしは、旅行初めての体験でした。

お肉

帰りは、天文館ミリオネーション2,019とスーパームーンをみながら散策。
ようやく体調も良くなってきました。(苦笑)

天文館ミリオネーション

とりあえず、前半鹿児島編はこれで終了です!
後半、博多編は後日紹介しますね。
本当はもっと丁寧に説明するはずでしたが・・・

鹿児島で・・・不思議な空間を感じました。

昨夜は「ゴホンゴホン」妻の咳が止まらずほとんど眠れませんでした。旅行中、咳はだいぶおさまってきたと思ったのですが・・・と言うわけで、今日は午後から歴史セミナーでしたが受講をあきらめ朝から一人でお店番でした。

冷凍庫のファンを初め、クーリングタワーの確認。先週修理した浮きの水位が乱れ、冷たい水に手を入れて調整。終えたときには手が真っ赤。遊びすぎだな~(苦笑)

ご注文商品の荷造りやヤマトさんへの発送。午前中はあっという間に過ぎ 、午後からはお店番をしながら旅の整理を。
今回の旅を振り返ってみました。

1月21日(月)
8時半過ぎに慌てて家を出て空港へ。すでに人影は少なく、荷物を預けようとすると「そっちは出口!」「あらっ。」(>_<) 前回、入り口が変わったのを経験済みなのにすっかり忘れてしまい、やっちまったな~
そんな旅の始まりでしたね 。(笑)

今回、八丈からの出発は5人。羽田空港で妻とTちゃん、Jちゃん3人が合流。鹿児島空港に向かいました。 私にとって2時間のフライトは長く・・・機長からのアナウンスで「ようやく半分か・・・」モニターを見る串本上空に飛行機の姿がありました。

疲れからか咳が出始め、珍しくマスクを持参した私。いつの間にか寝てしまい・・・「桜島撮影したよ。」と言う妻の様子にも気づきませんでしたね。そんな画像を確認すると、これから何度も見る桜島とは異なり、唯一裏側から撮影した桜島でした。

桜島
機内から撮影した桜島

「ドスン!」
あまりの衝撃にびっくり。鹿児島空港に到着したのですが「滑走路も広いのに・・・」思わず呟いてました。(>_<)
博多からレンタカーを飛ばしてきたTくんがお出迎え。「今回の車は大きいって言ってる。」とは聞いてましたが、本当に大きくみんなのカバンを入れてもまだ余裕でしたね。( 10人乗りの日産 NV350キャラバン。32万円とか・・・)

レンタカー
レンタカーの大きさを知ってもらうために協力してもらったKちゃん。

「どこ行きます?」
「Tちゃん調べてくれてた!ホテルに向かう途中の・・・」
「尚古集成館。島津家の歴史や文化を伝える、大砲の鋳造の反射炉跡とかあります。あとはホテル近くの城山。西郷隆盛が最後にこもった終焉の地。」
「そこに行こう!」

桜島を横目に、車はあっという間に 尚古集成館に。隣にある名勝仙厳園で受付を済ませ、今回最初の旅が始まりました。

中に入ると、すぐに島津家28代斉彬が造らせた大砲砲身を作るため反射炉跡が。正直あまりイメージできなかったのですが、大河ドラマ「西郷どん」を思い出しながらきれいな庭園を歩き始めました。

仙厳園
 名勝仙厳園とすんだ青空がとても印象的でした。

29代忠義良が建てた正門脇を通り、藩主とその世子(長男)だけが通ることが許された朱塗りの錫門へ。 園内を流れる保津川にかかる水道橋を渡り、江南竹林を見てUターン。「パコン!」と響く音に近づいてみると・・・

迫ン太郎

迫ン太郎でした。
迫ン太郎 とは米つき機の一種で、精米機の無かった頃、もみや玄米を精米する時に利用していたそうです。谷水がたまると傾き初め「パコン!」と臼を打つ音が響きましたね。

園内では、子供の頃作った竹細工の水鉄砲や竹とんぼも販売されており懐かしかったですね。もちろん、「薩摩切り子」や「薩摩焼」をはじめ限定販売の焼酎「魔王」もありましたね。杉の箱に入った1万円という札にびっくりしていると、「食べてみますか?」と差し出されたお菓子をぱくり。

鹿児島名産の「軽羹(かるかん)」でした。斉彬が保存食開発が必要と考えたことをきっかけに作られた自 然薯を使用した和菓子。 現在に続く伝統の味だそうです。 ちなみに杉箱だけで6000円。立派な箱に、「こんな売り方もあるんだ~」と思わず欲しくなる自分に反省してました。(苦笑)

園内をでると隣にある尚古集成館に。2015年に「明治日本の産業革命遺産」の 構成資産として世界遺産に登録されました。ちょうど一年前に行った軍艦島と同じですね。

尚古集成館

世界遺産!尚古集成館に。

薩英戦争をきっかけに斉彬の功績は見直されるのですが、当時 その先賢の目を 理解するのは難しかったのでしょうね。斉彬が長生きしていたら時代は変わっていたはず。そう思うと、不思議な空間に自分がいるような気がしました。

今日はここまで、また続きは次回にしますね。
あっ、最終便「強風」のため引き返し欠航。2便に合わせ発送して良かったです。

九州から八丈島に、帰ってきましたよ~

朝7時50分頃博多のホテルを出発。午後1時07分八丈島空港に到着しました。わずか5時間あまりで九州から八丈島に・・・夢から現実に戻るのは、あっという間でした。(笑)

今回の旅も楽しい旅でしたが、パブリックロードレースの疲れがとれないまま、体調的にはとてもキツイ旅でしたね。特に妻は、咳が止まらず,移動中はほとんど寝ていました。(>_<)

それでも楽しい思い出がたくさん!本当に楽しい4泊5日でした。何より冬の旅行として、これまでで一番天候に恵まれました。青空のもと、桜島もご覧の通り。白い噴煙も鮮やかでしたよ。

桜島!
桜島!

温かかったな~寒さ対策していたので拍子抜けしちゃいました。(苦笑)
今晩から明日にかけては山地で積雪予報だったので、運も良かったですね。というか・・・今回の体調で平年並みでしたら、完全にダウンでしたね。

反面、晩ご飯は四日間とも絶好調。会計係の私が支払いに行くとお店の方に必ず
「よく飲みますね~」
「はい!」(笑)
「(でも)みなさん、楽しそうでいいですね。」(^O^)
と言われましたね。
もちろん私は、初日生ビール1杯、二日目ノンアル。三日目2杯、四日目2杯と微々たるもの。お酒が飲めるって、本当にすごいなと思いました。

今回は、前回の反省で移動距離をなるべく少なめに目的を絞って移動しました。妻の目的も二つ叶えられ、私自身も大事な方、懐かしい方にお目にかかれ、とても充実した旅となりました。詳しくは明日以降ご紹介しますね。

ちなみに、今日は到着後、ご注文対応を。毎年授業で紹介頂く筑波大附属小学校のY先生からご注文を頂き、すぐに観光協会へ。八丈島のパンフレットを相談すると、「これか、これか、これはどうですか?」「あっ、3種類とも頂いて大丈夫?」「はい!」「余った分はお店に置いても大丈夫かな?」「もちろん!もちろん!」と言うことで、明日早速発送しなきゃ。

そんな感じで、あっという間に外は真っ暗。九州に比べ、東日本は日の暮れるのが早いですね。(>_<)なんだか損した気分です。
ちなみに今朝、ホテルから見た朝日がこちら。

朝日
朝日

窓から「朝日だ!こちらが東なんだ~」とカメラを向けて撮影したのですが・・・ カメラの位置を変え朝日を撮ろうとすると、
「朝日が消えた~」(>_<)
そこで初めて、「ビルに反射してたんだ・・・」と気づきました。(笑)

相変わらずそんな旅の連続でしたが、今晩はゆっくり休んで明日以降ご紹介しますね。

世界遺産を巡った旅行も最終日に。青葉城跡のミニシアターで出会ったのは!旅行(6)

今日から焼きくさやの製造がスタート。
早朝からくさやの香りで一杯です。

そんな中お客様が。
「いつもくさやを買いに来る方が来れなくて・・・
(その方への)お土産を買いに来ました。」
と。

嬉しいですね。
焼きくさやと激辛を購入して頂きました。(^O^)

お土産には、焼きくさや
やはり一番人気ですね。

さて、
ちょうど一週間前のお話しです。

 

6月7日(木)
いよいよ旅行も四日目。
自由行動も今日が最後です。

朝9時前に集合し
「歩いて行こがん。30分くらいだっていや。」

仙台の町並みを歩き
仙台町内

しばらくすると
「家紋が見えた!」
家紋通り

「きっとこの辺りから始まるんだろうね。」
と話しながら、大橋に。
大橋

広瀬川を渡ると
広瀬川

「仙台城跡に、着いた!」(^O^)
仙台城跡

すぐ近くの三の丸跡、仙台市博物館に向かいました。
仙台市博物館

やはり注目は、伊達政宗の甲冑ですね。
甲冑

偶然、20分間のシアター時間が案内され
「見よう~」
と、ミニシアターに。

内容は、「支倉常長-光と影」
でした。

 

支倉常長は、今から400年前。
伊達政宗の命で、
宣教師ルイス・ソテロが率いる約30人の使節団や多くの商人ら約180人と
ヨーロッパに渡りスペイン国王とローマ教皇に会い、外交関係を結びにいきました。

ローマでは歓待を受け、公民権まで与えられましたが
日本国内ではキリスト教禁止令が発せられるなど徳川幕府の対外政策が変化してきたため
スペインとの貿易交渉は思うように進まなかったそうです。

1617年7月、
アカプルコ港からサン・フアン・バウティスタ号に乗った常長は、
マニラを経て長崎、そして仙台へと帰国。
キリスト教弾圧が厳しさを増すなか、1622年8月、52年の生涯を閉じます。

250年後。
明治維新まで支倉常長の名前は表舞台から遠ざかり忘れられていました。

 

常長の名前に光が当てられたのは1873年。
明治政府が欧米に派遣した岩倉具視使節団が、
訪問地のイタリアで常長の業績を知らされたからだそうです。

支倉常長は
実在の日本人を描いた最も古い油絵として知られ、国宝「支倉常長像」として、
今も見ることができます。
支倉常長

ちなみに、
慶長遣欧使節関係資料のうち、
「支倉常長像」「ローマ教皇パウロ五世像」「ローマ市公民権証書」の3点は、
平成25年6月にユネスコ記憶遺産に登録されています。

と言うわけで
すっかり支倉常長にはまってしまいました。(苦笑)

 

そして、いよいよ
伊達62万石の居城、仙台城(青葉城)へ。
家康の警戒を避けるために天守閣は設けなかったそうです。

標高約130m。
城は消失し、石垣と政宗公騎馬像を目指し
坂を登り始めました。
上を見ると緩やかに見えるのですが、これが結構キツく
登り始めると

下を見ましたら、すぐに納得!
「勾配、こんなにきつかったんだ~」(>_<)
下を向くと

ようやく石垣が見え、もうすぐ!
石垣

さすがにきつく
上っていく車のエンジン音が響きます。

 

更に、詰門跡をくぐり本丸跡に向かうと
「着いたよ~」
本丸跡

34年前、この地に立ったはずなのですが・・・
全く思い出せない。(苦笑)

正宗像の前で記念撮影。
伊達政宗造

ずんだソフトクリームと
ずんだソフトクリーム

ずんだシェイクで休憩。
ずんだシェイク

帰りは、詰門跡のバス停まで戻り
るーぷるバスで
ホテル近くまで帰りました。
るーぷるバス

みんなでお寿司を堪能し解散。
最後の午後は自由行動になりました。

私はと言うと・・・
テレビ映画を見て、その後仮眠。
さすがに疲れ果てました。(>_<)

旅行最後の夜は、山形のお店に。
しゃぶしゃぶが美味しかったな~

 

翌日、新幹線で仙台駅から東京駅に。
新幹線

駅弁はやっぱり、牛たん弁当!
おやつに萩の月を購入しました。
駅弁

最終便で八丈島に。
八丈島に

こうして、
今回の旅行も終了しました!
梅雨前の旅行は、天候に恵まれ
湿度もなく最高でしたね。

南三陸町で目にしたのは、まだ終わっていない現実でした。旅行(5)

今日も朝一番、冷蔵庫&冷凍庫の温度表示を確認し
一日をスタートしたのですが、2時間後・・・

予備用冷蔵庫を見てびっくり。
何と表示温度は、15度。

冷蔵庫

ガスが抜けたのかな~
と思い、業者さんに連絡。
すぐに来てもらい
いつものようにガスを入れてもらったのですが

「あっ、今、カチャって聞こえなかった?ほら。」
耳を澄ませ、聞いてみると
カチャ!
「してる。」

「固着だな~一度止めて冷ましてからみるわ!」
と3時間ほど冷蔵庫を止めることに。

で、再び稼働してみたのですが
「ダメだあの。」
「修理は?」
「外に機械を設けてみようと思ったけど三相しかなっけだら。」
「買った方が安い?」
「う~ん、30万くらいするかな。」
「あっ~相談して見る。」
「とりあえずメーカーに聞いてみ。機械あるかどうか。」

で、メーカーに問い合わせ中。
返事待ちです。(>_<)

 

で、連絡きました~

症状を説明すると
「う~ん、コンプレッサーですね。」
「やっぱり。」

「17年、使用していますからね~」
「えっ~」
「修理してもない部品とか、直しても他が壊れてくるとか・・・」
「在庫はあります?」

「あっ、コンプレッサー1台だけありました。」
「おいくらくらいですか?」
「3万円くらいですが、改造するのでその他の部品代5万円くらい。それにそちらに伺う旅費に工具運賃・・・」
「ですよね。」

購入時の価格を調べたら、約60万円。
新規に購入するのも、修理するのも
諦めることにしました。(>_<)

 

さて、こちらは諦めずに今日もご紹介しますね。
平泉から南三陸町に向かい事になりました!(^O^)

6月6日(水)午後

平泉から山中を走ること1時間半。
突然開けたと思ったら、そこはショベルカーが動きトラックが走り回り・・・
言葉になりませんでした。

工事

「震災は何も終わっていない。」
そう教えてくれたのは、3月に八丈富士を一緒に登った
Sさんでしたね。

まさに今、その光景を目の当たりにし
「まだ何も始まっていない。」
そう思いました。

南三陸さんさん商店街に車を止め
南三陸さんさん商店街

ふと目にとまった写真がこちら。
震災あと

~けっして忘れないために そして後世に伝えるために~
と書かれた文字は、何よりも重かった。

 

そして目を、工事現場に向けると
「あっ、」
防災対策庁舎

足下の土地を、10mかさ上げしたため
上部3mしか見えませんでしたが、それはまぎれもなく
あの庁舎でした。
庁舎

「ここが・・・」

万感の思いと悔しさと。
あの時流れたテレビの映像が、目の前で再生されていました。
もし・・・

こんな時
もしという言葉を使ってはいけないのでしょうが
もし、もう少し高台に移動していたら。
そう思わずにはいられませんでしたね。

 

庁舎脇のかさ上げは今でも行われており、
かさ上げ

海から繋がる護岸工事もご覧の通り。
護岸工事
真っ最中でした。

 

私たちが今ここでできるのは
さんさん商店街で食事をすること・・・
三陸海岸で育った海の幸を堪能しました。
三食丼

商店街を巡り
タコとモアイ

震災のことを、今一度胸に納め
写真

南三陸町をあとにしました。

 

その夜は、ホテル近くの 仙台ろばた料理「縁側」に。
縁側

選んだ理由は、前日
パンフレットを頂いたこと。(苦笑)

予約をしていなかったため
コース料理を食べられませんでしたが
好きなものを食べることができましたね。

楽しく飲ませて頂きありがとね!
縁側

 

あっ、
「震災は何も終わっていない。」と
教えてくれたSさんが書いてくれた記事が掲載されました。

● 岳人6月号
「しま山百選 八丈島八丈富士」です。
当店も紹介されていますので、ぜひご覧下さいね。(苦笑)

実は・・・
Sさんと一緒に八丈富士に登ったものの
自分が掲載されるとは思わず、見てびっくりしました。

日本各地を巡るSさん。
アイランダーの出会いを気に、
触れ合う人と人との出会いに感謝です。

世界遺産三日連続の旅は平泉へ。旅行(4)

昨日から、
新しいノートパソコンの設定を始めました。

今のパソコン設定は楽々。
なんて思てったら、
「マイクロソフトアカウントにログイン」しなさいと?
なんだこれ?

更に、オフィスを開き
プロダクトキーを入れると
「すでに使用されています。新しいプロダクトキーを入れるか・・・」
「えっ~そんなバカな。」

再起動して、試すこと3回。

さすがに観念して、
エラーを検索すると
不正使用さている場合があるとのこと。

早速、DELLに問い合わせ確認すると
「販売元は、マイクロソフトなのでそちらに電話して下さい。」
とのこと。

教えて頂いた番号に電話をすると、自動音声ガイドで
次々に問い合わせ内容を選択するよう指示されるのですが・・・
よくわからず、最後はワードでいいや~

待つこと数分。
事情を説明すると、
「オフィス初回時にプロダクトキーの書き込みができないと言うことですね。」
「はい。」
「担当が違うので、回しますね。その前に問い合わせ番号は・・・」

しばらくすると、違う担当の方が。
問い合わせ番号を告げ、指示されるがままにキー操作すると
なんと!
マイクロソフトの私のアカウントに入り
更に更に目の前にあるノートパソコンの遠隔操作が始まりました。

うそ・・・
こんな簡単に遠隔操作されると
怖いんだけど。(>_<)

ワードが開かれ、
「あっ、大丈夫です。」
なぜか、すでに承認されており問題ないと。
「えっ。」
この時間、何だったんだ。(>_<)

それにしても遠隔操作。
パソコンには余計なものは保存できないと
改めて認識しました。

 

では、今日も旅行日記の続きを紹介しますね。(^O^)

6月6日(水)
旅行三日目。
こんなに天候に恵まれた旅行も珍しいですね。

今日も9時集合。
ホテルからすぐ脇の駐車場に向かい出発。
「電話番号わかります?」
「観光協会で大丈夫?」
「はい。じゃあ行きます!」

栃木県・日光東照宮、群馬県・富岡製糸場と続いた
世界遺産の旅は、いよいよ三日目。
今日は、岩手県・平泉です。(^O^)

 

東北自動車道ICに向かい走りはじめると
「あれ、昨日と道が違う。」
「昨日、こんなに遠くなかったよね?」
「北に向かっているからじゃない。」

そこで、今回初めて一緒に同行したtくんが
「グーグルナビだと・・・」

なんと、ホテルの部屋に置いてあった
無料スマホHandyを手に、ナビを始めました。(苦笑)

これがとても正確で、カーナビより新しい情報が。

 

北上する事2時間。
11時頃、平泉に到着しました。
駐車場から杉並木を抜け
杉並木

最初に見学したのは、藤原家四代が眠る金色堂。
金色堂

11世紀末から奥州を統一した藤原氏。
初代清衡(きよひら)が基礎を築き
二代基衡(もとひら)が勢力を拡大し
三代秀衡(ひでひら)が朝廷から鎮守府将軍・陸奥守に任じられ
四代泰衡(やすひら)が源頼朝に滅ぼされ滅亡

金や名馬の産地として、交易で巨額の富を得「黄金文化」と称されました。

そんな金色堂前にて一枚。
金色堂前にて

 

松尾芭蕉の
「五月雨の降り残してや光り堂」は誰もが知っていますね。
そんな芭蕉さん像の前に立っていると
「隣に立っても大丈夫ですよ。」
とガイドさんが。(苦笑)

そう言われると
立たないといけない気分に。(>_<)
松尾芭蕉と

「見世物になってますよ。」(笑)

その隣にあるのは旧覆堂。
旧覆堂

鎌倉時代、金色堂を覆い風雪から守っていたそうで
新覆堂建築に伴い、1965年現在の場所に移築しました。

 

その先にある峯薬師堂のたたずまいは、素敵でしたね。
峯薬師堂

そして中尊寺本堂を見学。線香の香りが体中に・・・(>_<)
本堂

 

車でほんの少し移動すると、毛越寺に到着。
毛越寺

こちらも世界遺産ですね。
毛越寺は、二代基衡により整備され、三代秀衡の時に完成。
最盛期には中尊寺をしのぐほどの規模だったと言われています。

池の正面には、何も見えませんが
当時はお堂や塔が40以上もあり、お坊さんが生活する建物が500以上あったそうです。
庭園

当時の様子が描かれてました。
絵図

金堂の前には、東西約180m、南北約90mの大泉が池を配し
池中央の中島から南大門側と金堂側に橋が架けられていたそうです。

賑やかだったのでしょうね。

それにしても、
藤原家が源義経を先頭に押し出していたら・・・
時代は変わっていたでしょうね。(>_<)

 

これで、栃木、群馬、岩手と世界遺産三日連続の旅は終了。
こんなに歩いて、写真を撮った旅行はこれまでなかったですね。

みんなで行き始めた旅行で、
世界遺産(文化遺産17、自然遺産4)に行ったのは、

姫路城(兵庫県)
白川郷・五箇山の合掌造り集落(岐阜県・富山県)
原爆ドーム(広島県)
厳島神社(広島県)
日光の社寺(栃木県)
琉球王国のグスク及び関連遺産群(沖縄県)
平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-(岩手県)
富岡製糸場と絹産業遺産群(群馬県)
明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業(山口県・鹿児島県・静岡県・岩手県・佐賀県・長崎県・福岡県・熊本県)

最後の「明治日本の・・・」で行ったのは、今年1月の軍艦島(長崎県)。
これで世界遺産登録21箇所の内、9箇所に行くことができました。

どれも思い出深いのですが、
二度目のトライで上陸できた軍艦島は特に記憶鮮明ですね。(苦笑)

 

仙台に帰る途中、
「南三陸に行くか~」

震災で被害を受けた南三陸町に向かうことにしました。

二日続けて世界遺産への旅は、富岡製糸場へ!旅行(3)

台風5号接近中ですね。
お昼前後には、八丈島の南側を通過する予報です。

今のところ、
飛行機一、二便と定期船は欠航に。
通行止め箇所も多いのですが、雨量的には梅雨の雨より少ないかも・・・
しかも、
台風の北側に位置するので、当店は風もあたらず静か。
ひたすら通過を待つ感じです。

待つと言えば、
昨日、クロネコヤマトさんから
「おさださ~ん!」
「台風なのに大変だね。」
「今は、(雨)やんでるから~」(笑)

送り主を見ると
この春就職した末っ子ケイからでした。

「ケイから荷物届いてるよ。」
と妻に連絡すると、
「なんだろ~」

開封すると、
「あら~これは大変!写真撮らないと~」(^O^)
プレゼント

袋を開けると
「あっ、これ高かったろうに~」
「すぐ使えないね。」
「帰ってきたときかな~」

新社会人として、最初の贈り物でした!(^O^)

 

さてさて、今日も旅行日記紹介しますね。
今日は二日目です。

6月5日(火)

昨夜は外出する場所もなかったので
21時までのバイキングで終了。

ゆっくり温泉につかり、のんびり過ごしました。
実は、卓球コーナーありましたが
「30分、千円だって。」(>_<)
せめて一時間なら、汗をかいても良かったのですが
30分ではね・・・

翌朝、5時に起床し 温泉に行くことに。
地下まで降りてから、
「どうせなら露天風呂にしようか?」
と、再び上昇。

あさやホテルの露天風呂は、男女が夜と朝交代するそうで
一泊で二度楽しめます。

 

朝日が昇る気配の方角を見ていると
「あっ、ひこうき雲。」
誰も反応せず、みんな見慣れているのかな・・・

まっすぐ延びる雲を追いながら
「どっちの方角に飛んでいるのかな~」

よくよく考えると、朝日が昇ってきそうな
東の空から飛んできたので、西の方に向かってる?

となりの方に聞くと
「成田方面から、北海道の方に向かってる(?)」
とのこと。
山の中の方角は全くわからない。(>_<)

この時期と紅葉の時期は最高で、積雪の頃は
道路が怖いので来ないとのお話しでしたね。

 

7時10分ほど前に朝食会場に。
10名ほど並んでおり、予定よりも5分早く開場。

早めでしたので、料理近くの席を取り
朝食を選んでいると
「おっ、早そ~いつもはゆっくりどおに。」(笑)

そう言えば~(苦笑)
昨夜は、先月までの疲れがとれず
生ビールもジョッキ半分くらいで、「苦い・・・」
と。

歩き疲れた以外はのんびり休めたので
朝も早かったですね。

 

9時前には集合。
「どこに行きましょうか?」
「富岡製糸場?」
「富岡製糸場までは2時間くらいかかりそう。そこから仙台まで4時間はかかるので夕方になりますよ。」

と言う話しでしたが
他には声もなく、カーナビ設定を。

「来た道を戻ります!」
なんと昨日来た東北自動車道を一時間ほど戻り、
そこから北陸自動車に乗り換え群馬に。

「群馬の向こう側(日本海側)って?」
「長野、新潟。」
「えっ~」
移動距離にびっくり。

 

富岡製糸場に到着したのは、11時頃でしたね。
富岡製糸場

富岡製糸場は、1872年(明治5年)設立。
近代化のため明治政府が力を注いだ日本初の器械製糸工場。
2015年の大河ドラマ「花燃ゆ」では井上真央さんが主演をつとめましたね。

そんな富岡製糸場は1891年(明治24年)6月からは三井財閥のもとで民営化されます。
そう、朝ドラ「あさが来た」の主演・波瑠さんのモデル広岡朝子の実家です。

工場内に入ると明治時代が浮かび上がってくるようでした。
工場内
柱のない構造は、長さなんと140m。
当時は電気も無かったため、窓を多くもうけ
建物の方向も光が入るよう工夫されていました。

フランスからの技術を取り入れ、日本風に改良。
20世紀初頭、日本は世界一の生糸輸出国になります。

高級でした絹を、誰でも手にできるものにした
富岡製糸場の役割は大きかったですね。

 

現在もほぼ変わらぬ当時の姿で残されている富岡製糸場は、
2014年6月には世界遺産に登録されました。
登録碑

一応記念撮影も。(笑)
お富ちゃんと

国指定

見学に来られる年齢層はご年配の方が多く見られましたね。

お昼過ぎには、富岡製糸場を出発。
仙台に向け、再び、北陸自動車道、東北自動車道を
駆け抜けました。

 

16時過ぎには、仙台に到着。
三日間お世話になったホテルはこちら。
ホテル

中心アーケードのすぐ脇にあり、
仙台駅まで10分弱と、とても立地条件の良いホテルでした。

一時間ほど余裕があったので
仙台駅まで行ってお土産を購入し発送。

帰宅すると集合時間15分前でしたので
そのままロビーで、無料の炊きたてコーヒーを。
飲み放題でしたので、毎日利用させて頂きました。

 

で、晩ごはんは、
もちろん!
仙台と言えば、牛たんですね。

分厚い牛たんで有名な、牛たん炭焼利久店へ。
利休

単品で最初に頼んだのが、牛たん「極み」
極み

身の柔らかさは絶品!
もちろん通常の牛たんも美味しかったのですが、最初に食べた極みは
今回の旅行で一番の「極み」でした。(^O^)

夜は、お世話になった方に葉書を書き二日目の夜を終えました。
絵はがき

二日続けて世界遺産なんて・・・
びっくりですね。

日光東照宮から鬼怒川温泉に。旅行(2)

今日は雨。
朝5時には、ほとんど気にならない小雨でしたが
7時を過ぎると雨音が。
これから台風が通過する明日のお昼頃まで
雨のようですね。

ちなみに今日の船は底土港に到着予定。
飛行機も一便は向かってきているようです。

飛行機と言えば、
今日は羽田空港からの旅行一日目(続編)を紹介しますね。

 

6月4日(月)
羽田空港に到着。
いつもなら乗り換えのため出発ロビーに向かうのですが
「何だか変な気分。」
到着ロビーでは、すでにT君が迎えに来ていました。

あとをついて行くと、エレベーターに乗り駐車場へ。
「(羽田の)駐車場、わけわからない。」(>_<)
「わかりんなっきゃの。」

私には、東京で車を運転すること自体無理なので
すでに異空間でした。(苦笑)

「どこ行きます?まだ決めていませんけど。」
「日光東照宮にいけたら・・・」
「あっ~じゃあ、行きますか。」

こんな感じで今回の旅行もスタートしましたね。
宇都宮のドライブインで昼食をとり
「やっぱり餃子なんだ~」
と話しつつ、一路日光東照宮へ。

今回の車は、こちら。
レンタカー

トヨタ車でしたね。
中は広く、足下余裕。
エンジン音も低く、燃費も最高。
カーナビは、グーグルマップにかないませんでしたが
こちらの話しは後ほど紹介しますね。

 

13時20分くらいに、日光東照宮に到着。
坂道を登りおえ、宝物館前を抜けると
突然、人が増えました。
小学生からお年寄りまで、
&海外の方まで
幅広い観光客層に驚きました。

向かう先には、黒田長政が奉納した石鳥居が見えてきました。
石鳥居

石材は、なんと九州から船と人力で運んだそうです。
当時(1618年)としては大変だったでしょうね。

鳥居を抜けると、左手に五重塔が。
五重塔

こちらは、酒井忠勝が1650年に奉納しましたが
火災に遭い、1818年酒井忠進が再建したそうです。

表門を抜け、上神庫・中神庫・下神庫の総称「三神庫」の前を通ります。
三神庫

上神庫の屋根下を覗くと、狩野探幽下絵の「想像の象」が見えました。
上神庫

更に進むと、あの有名な「見ざる・言わざる・聞かざる」の
神厩舎・三猿が。
神厩舎・三猿

さすがに立ち止まる方、多かったですね。

海外の方も多く、スマホで撮影する方の前を
前屈みで通ると
「たか~身長が高けんて平気だら~」
「たしかに~」(笑)

 

そして、
日本を代表する最も美しい門と言われる国宝「陽明門」が!
陽明門
いつまで見ても見飽きないところから「日暮の門」
とも呼ばれているそうです。

陽明門を抜けると、正面に全体を胡粉で白く塗られた
国宝「唐門」の姿が。
 唐門

圧倒される中、
人の流れは右方向に。(先にまっすぐ行くべきでした・・・その訳はあとで)

結婚式や初宮などのご祈祷が行われる祈祷殿の前を通ると
右方向に

そうです!あの有名な、「眠り猫」です。(笑)
眠り猫

みなさんには怒って見えますか?
うたた寝しているように見えますか?

眠り猫の下をくぐると、これから先は奥宮に通じます。

 

杉に囲まれた廻廊を通り、
廻廊

突き当たりを左折すると、207段の石段を登ります。
急な石段ですが、階段一段一段は一枚岩でできてるそうです。
寒さの厳しい日光の、冬の凍て上がり防止と考えられています。
石段

そして、登りきると
将軍のみが昇殿参拝を許されたという奥社拝殿がありました。
奥社拝殿

奥社拝殿の横を回ると、ようやく奥社宝塔に到着。
奥社宝塔

徳川家康のお墓ですね。
当初は木造だったそうですが、その後石像に。
1683年の地震で破損したため、現在の唐銅製に作り替えられたそうです。

で、今、気がついたんです。
東照宮の最も重要な所と言われる
国宝「御本社」を見ないで降りたことを。

右に曲がらなければ・・・仕方ないですね。(>_<)

 

その後、宿泊先の鬼怒川温泉に向け出発!
久しぶりの車移動でしたが、
思った以上に快適で一日目の移動を終えました。

宿は、パイプオルガンがとても印象的な
パイプオルガン

あさやホテルでした。
あさや

近くには、古い釣り橋「滝見橋」が。
滝見橋

一度に渡れるのは30人までとか。
ホント揺れる橋でした。
吊り橋上から

しばらく歩くと、足湯「鬼怒子の湯」に。
そこに飾られた「鬼怒川温泉のあゆみ」写真には
昭和初期に発展し初め、20年代ころ大きな旅館やホテルが見られた
当時の写真がありました。
昭和初期

現在は、廃止したホテルが多く見られ
ちょっと寂しい感じがしましたね。

 

宿泊した、あさやホテルは
とっても大きくて、温泉も広く、露天風呂も。
特に料理は種類多く、これまで宿泊したホテルとは比較できないほど圧巻でした!
なんと、バイキングの宿大賞にも選ばれた自慢のブッフェだそうです。
自分の料理を撮影すると
バイキング

脂ものばかり。(苦笑)
もちろん、このあと鮎の塩焼きや
ステーキ等々テーブル一杯に。
Tくん持参のデザートは、アイスクリーム、ケーキ等々ご覧の通り!
デザートも
おなか一杯になりました。

実はこの時、世界遺産の旅が続くとは・・・
考えてもいませんでした。(苦笑)