愛媛の旅もいよいよ!

今日から土曜日まではくさや以外のお仕事で一杯です。(>_<)
今夜は青色申告会理事会。
明日5日は、東京都Eマーク検査、宝物の会議、富士中公開授業、食品衛生協会新年会。
明後日6日は、宮坂東京副知事視察、八丈高校評議会委員会続いて八高運営協議会。
明明後日7日は、副知事との意見交換会。スーパーマーケットショーの展示商品発送。
そして8日(土)は、熱中小学校と歴史セミナー野外講座がブッキング。(>_<)
来週からはくさやの製造が・・・

息つく暇も無いですね。
そんな状況で今朝は、朝5時半からジョギングを。走ってみてびっくり。「全然走れない!」(>_<) 旅行のツケは大きかったです。そんな旅のお話しを今日もご紹介しますね。

1月30日(木)
愛媛二日目。いよいよ旅行自由行動も今日一日のみになりました。
道後温泉駅に行くと、前回乗った「坊ちゃん列車」が停まってました。
前日走り終えると、ここに停泊しているのですね。

坊ちゃん列車

路面電車で、大街道へ。

大街道

商店街を抜け、坂を登ると松山城へ向かうロープウェー乗り場に着きます。前回はリフトに乗りましたが、今回はロープウェーで。あっという間に到着しびっくりしちゃいました。

リフト

まずは戸無門に向かいます。石垣を見てびっくり。真っ白で真っ平ら!

戸無門に

高知城の「緑深さ」とは全く異なる情景でしたね。
高知城の石垣はこちら。

石垣

ごつごつした石の積み方が印象的。
安土城の石垣を組むのに活躍した穴太衆(あのう)が、自然石をそのままの形状で積んでいく野面積みを行ったそうです。

また松山城の石垣はほとんど花崗岩を使っており、場所により布積み・乱積みにしているそうです。ちなみに戸無門は、本当に戸無しでした。(苦笑)

戸無門

隠門、太鼓門をくぐると見えてきました!松山城です。

松山城

広い敷地が、過去の記憶を思い出させますね。
とても素敵青空に、「写真撮りましょう!」

松山城前にて

更に一の門、二の門、三の門をくぐり天守閣へ。天守閣からの見晴らしはご覧の通り。天気も良く最高でした。

天守閣から

松山城を歩いて下り、それぞれ自由行動に。
私たちは、「伊丹十三記念館」へ。

伊丹十三

彼の視線と言いましょうか、ものの考え方、とらえ方が、とても印象的でした。何より、映画好きの私にとって「マルサの女」は驚きの連続。こんなこと映画で放映していいの?でしたね。

マルサの女

昼食は大街道へ戻り鯛飯を。更に「坂の上の雲ミュージアム」を見学。こちらは二度目でしたので、比較的覚えている内容が多かったです。そうそうちょうど、正岡子規展も開催中でした。

坂の上の雲ミュージアム

その後、妻と二人で道後に戻りました。 はい、昨日お約束した「正岡子規記念博物館」に行ってきました。中に入ると、道後の文化から勉強することができましたね。

ここでは八丈島との繋がりや、未来に向けた町づくりを勉強することができました。

今日はこの辺で失礼しますね。
あっ、明日の東京都Eマーク検査で来週開催のスーパーマーケットショー参加についてお話しすることになりました。コロナウィルスの影響です。中国の出展者は先方よりキャンセルになったそうです。

加工組合長とも相談し、八丈島への影響を考えると出席は厳しく・・・明日、確定しましたらお知らせしますね。

旅行三日目。高知最後の朝は快晴!

今日は午前中青空でしたが、午後からくもり。夕方には雷雨。見事に天気予報が当たってしまいましたね。(>_<)

そんな今日は早朝から焼きくさやの製造。ようやく「ピリ辛」焼きくさやの販売を再開できました。ご注文は、こちらです。ぜひお楽しみ下さいね。

それでは今日も旅の続きからです。

1月29日(水)
旅行三日目。高知最後の朝は快晴!
ようやく晴れました。(^O^)

高知と言えば、「よくテレビに出るよね。」
そう、桂浜に向かいました。
駐車場から、桂浜に向かうと、
青空の下、坂本龍馬が立っていました。(苦笑)

坂本龍馬像

今日の桂浜は、波も穏やかで気持ち良かったです。

桂浜

ちなみに、3年前は

桂浜にて

あれ~時化の記憶でしたが、べた凪でした。(笑)
風がとても冷たい思い出でしたが・・・
それもそのはず。高知から愛媛に向かう途中は雪で真っ白。

積もってきました。

もちろん今年は暖冬。雪は全くありませんでしたね。
愛媛に向かう途中、四国の水を管理する早明浦ダムに寄りました。

早明浦ダム

人口三千人の町には総合病院があり、「住むには良いところだね。」
きっとダムの恩恵なのでしょうね。

「ダム建設にはたくさんの出来事があったのかな~」
湖畔を見ながら、筑波大附属小学校Y先生のお話を思い出していました。

早速、「早明浦ダム」を調べると、ちょうど一年前。2019年1月26日の朝日新聞デジタル版を見ると、「高知)水没した大川村旧庁舎が見えた 早明浦ダム」と言う記事を見つけました。(こちら

湖畔

大川村旧庁舎とは、ダム建設に反対した大川村が「ダム計画後」に建てた庁舎だそうです。貯水位が305mを下回ると旧庁舎の屋根が顔を出すことがあるそうで。やはりダム建設には、色々な方達の思いが詰まっているのですね・・・

今年は高速道路にのり愛媛に向かいます。雪もなくすいすい進み、途中、石鎚山サービスエリアで昼食をとりました。

石鎚山SA

愛媛は、3年ぶりの宿「道後やや」に到着。今日まで付き合ってくれたレンタカーも今日でお別れです。行ったことがある方はわかるのですが・・・道がとっても狭く~私の運転技術では無理です。(>_<)

レンタカー

「やや」といえば、蛇口から出るみかんジュースですね。フロント前にあり無料で飲み放題。私も飲み比べをして楽しみました。更に午後からはコーヒー&クッキーが、夜は鯛飯が無料。若い方に人気の宿なんですよ。

みかんジュース

まだ時間がありましたので、道後温泉まで散歩に。

道後温泉

改築中と言うことで心配しましたが、表からは同じように見えました。
道後温泉と宿の間にはこんなおしゃれなところも

壁には

私、愛に生きたと思います。
というより
私、愛に触れたと思います。
だそうです。(^O^)

今日も時間がありましたので、「行くぞ!」
フロントに、「一時間くらい散歩したいのですが良い場所ありますか?」と尋ねると、頂いた地図を片手にスタート。

まずは、道後温泉駅に。みんなが上を向いて騒いでいるので見上げると、ちょうど「からくり時計」が動いているところでした。

からくり時計

1994年に道後温泉本館建設100年周年記念事業で建てられた「坊ちゃんからくり時計」。一番下の三段目は動いたときだけ顔を出す仕組みになっています。

すぐ隣には足湯があり、「入る?あっ、あとで道後温泉だね。」と先に進むと・・・階段の先に神社が。 日本三大八幡造りの伊佐爾波神社(いさにわじんじゃ)です。 階段の数は、さていくつでしょう?(苦笑)

伊佐爾波神社

答えは、135段だそうです。(私は数えていません!)
「二往復するよ~」と登り始め、社殿に着くとご覧の絶景。
画像は、実は二往復目の妻。さすがにペース落ちてました。(笑)

二往復目

まだまだ時間に余裕があるので、「湯神社」経由「道後公園」へ。
道後公園内では、ランニングする高校生が、「こんにちわ!」と声をかけながら走り抜けています。遊具で遊ぶ子供達や、音楽を練習する方も。もちろん散歩する方も多かったですね。園内には湯築城資料館内もあり、少しですが覗いてみました。とにかく広い。巨大な白い岩が現れ、調べたら内堀でした。(下記画像)

道後公園

そうそう、途中、「外堀土塁の地層」もありましたので見学。旅行前地層の勉強したばかりでしたのでとても興味わきました。弥生時代から積み上げた地層がこちらです。

地層

湯築城は中世末まで伊予の国の政治・軍事・文化の中心を担ったそうで、平成14年には国史後となり、日本の歴史公園100選にも選ばれているそうです。

ぐるっと一周して、でてきたのが正岡子規記念博物館。

正岡子規館

館前で記念撮影していると、突然「撮りますよ。」との声が。
交差点前でしたので、声をかけられるとは思ってもいませんでしたのでびっくりしました。

正岡子規館前にて

「今日は時間ないので、明日見学に来ますね。」
と伝え、ホテルに戻りました。
時計を見ると、ジャスト1時間!

フロントの方にお礼をし、「伊佐爾波神社、二往復しました。」と伝えると苦笑いでしたね。(^O^)

今日の晩ご飯は、

じゅりあん

「じゅりあん」と読みます。
ここ、お薦めです!(^O^)

一皿ごとの注文ですが、味もボリュームも文句なし。何より料理がとても美味しい。ブリの刺身は大きすぎて私には無理でしたが。(笑) アブガドの揚げ物は、驚きの逸品でした。

「明日もここでいいよ。」
と、予約を入れましたが「満杯です。」と。
地元でも大変人気のお店だそうです。

「タクシーみつけて帰ろがん。」
と。一台代目はすぐに見つかりましたが、
私たちはみんなと別れ
「歩いて帰るか。」
約30分かけて帰りました!

到着後、すぐに道後温泉へ。
22時過ぎだったでしょうか?
温泉の受付は22時半まででしたので、人が少なくゆったり。
とても気持ち良かったです。

ただ、改装中のため、二つあった温泉は一つでしたね。

ちなみに・・・
ホテルを出て温泉に向かう途中、
「(ホテルで買った)チケット持ってきた?」
「忘れた!」
と、Uターン。(>_<)

更に、道後温泉正面のドアが見つからず・・・
すぐ隣のドアを開けると
「入り口は横です!」
「すみません!」
3年前と違ってました。(>_<)

こうして愛媛一日目も終了しました。

高知の旅二日目

今日は風もやみ、とても静かな朝です。
さすがに冬型となり空気も冷たくなってきましたね。

昨日は、パソコンのメモリーを8GBから2倍に増設。ついでに内部の埃除去をしクリーニングしました。旅行の写真も印刷し、みんなに配布。「はやそ~」みんなに冷やかされました。(^O^)

写真

それでは、今日は旅行三日目のご紹介です。
1月28日(火)
高知の朝は、「今日は晴れる予報どうがの。」
そうなんです。昨日までの雨が朝には上がり、晴れる予報!

出かける際、小雨でしたが、
「けぇ~は(今日は)傘はいらねぇだろ~」
私もそう思いました。(>_<)

とりあえず、雨でも見学できるところと言うことで、日本三大鍾乳洞の一つ龍河洞に行きました。

龍河洞

鍾乳洞の長さは約4km。その中で見学できる距離は1kmで、高低差80mを登ります。入り口で係の方に聞くと「30分ほどです。」と。

ここから

安易な気持ちで入ると、中はとても狭い道が続きびっくり。腰をかがめたり、急な階段を登ったり、「これまで行った鍾乳洞と違う!」ようやく空間が広がるとご覧の通り。

龍河洞1

LEDが、鍾乳洞を彩ります。
八丈島には「裏見ヶ滝」がありますがこちらは

裏見の滝

「裏見の滝」でした。更に弥生時代の住居跡もありましたね。
暮らしのなかで、水を入れるために置いた壺でしょうか。鍾乳洞と同化した「神の壺」が。

紙の壺

鍾乳洞を出ると休憩所を経て「龍河洞博物館」へ。鍾乳洞の成り立ちを学びました。そうそう龍河洞には、観光コースの他につなぎを着て張って歩く冒険コースもあるそうです。ぜひ一度ご体験下さいね。

龍河洞をあとにし、次に向かったのはこちら。「かね春」さん。

かね春

お店前には駐車した車がびっしり並び、車の中では順番を待っている方々が。私たちも待つこと30分。ようやくお店で出てきたのは

うな重

うな重でした!(^O^)
炭焼きで、ぱりっとした食感がとても美味しかったです。

人気のお店で午前11時開店なのですが、 車で待機中注文をとるので、 「早いときには、11時半に閉めます。」とのことでした。すごいですね。

次に向かったのは、西島園芸団地。画像の大きなスイカが目印です。

西島園芸団地

中には色々な植物があり、まさに八丈島のアグリマート!
鉢のお花が安く「これならいくつも買ってお店に飾りたいね。」
土産品も多く、修学旅行の学生さん達もいました。

イチゴを一パック購入。「美味しいところをお願いします。」と定員さんに選んでもらったイチゴは、「あま~い!」大満足でした。

なかなかやまない雨に、「予報はずれたね。どこにいこう~」(>_<)
「道の駅が近くにありますよ。」と言うことで、

道の駅南国

はい!道の駅南国に行きました。
冷凍庫を覗くと、「ジャージー牛だ!」
ジャージー牛の製品は多くなりましたね。

八丈島にとって牛と言えばホルスタインでしたが、今ではジャージー牛に。そんなこともあり、今ではとても身近な存在に。ヨーグルトやアイスなど、同じジャージー牛で違いを見つけるのが楽しみになっています。

雨はやむことは無く、「昨日と同じ時間になろじゃ。ホテルにけぇろがん。」と言うことで今日の行程はこれで終わりになりました。

チェックイン後、「歩くか。」「うん。」
土曜日からジョギングしていないので、高知城まで歩くことに。

傘を差して約1km。高知城につきました。追手門は内部が見通せないようにわざわざ右横に設置したそうです。

追手門

それにしても大きな門ですね。

門

かつては杉の木がたくさんあったという杉の段に向かいます。
上部を見上げると高知城が。

高知城

標高約40mの二の丸へ。かつては政務をとる表御殿に。
更に詰門を通り本丸へ。ここからは有料。「せっかくだから入ろ~」中に入ると、みどり鮮やかで雨が似合うお城でしたね。

本丸から

高知城は、南海道随一の名城と言われ大河ドラマ「功名が辻」で紹介された山内一豊が創建しました。藩政時代の木造天守が残る十二城の一つ。本丸内の建物が
ほぼ完全な形に残っているのは全国で唯一だそうです。

そんな本丸をバックに写真を撮っていると、
「撮りましょうか?」
「ありがとうございます。ここを押すだけですので。」

高知城前にて

「ありがとうございます。よろしかったら一枚。」

ご一緒に

八丈島のくさや屋であることを告げると
「えっ~息子が八丈島に行きましたよ!」
とのこと。まさかここで繋がるとは。(^O^)

「八丈空港につきましたら5分で迎えに行きますので。」(苦笑)
「オレゴンにいらしたら、ぜひメール下さい。」
「アメリカにお住まいなのですか?」(>_<)
「はい。」
なんと高知城まで歩いたことで、世界にひろがりました。(笑)

高知城は緑がとても綺麗でしたね。

高知城をバックに

特に石垣の苔は、湿度の高さを感じました。

石垣

そんな高知城をあとにホテルに向かうと、屋台の準備が始まっていました。

屋台

そう言えば、昨夜は雨の中、屋台でおでんと餃子を食べましたね。
今夜は、「葉牡丹」へ。

葉牡丹

入り口は普通なのに、中に入ると広くてびっくり。お客様も多くとても賑やかなお店でした。今回の旅、「食」に関しては大満足です。

三年ぶりの旅は、思いでのはじまり!

昨日の最終便で帰島しました。
例年より一日長い行程となりましたが、今年も思い出深い旅でしたね。
少しずつですがご紹介しますね。

1月26日(日)
旅行予定前日でしたが、明日の予報も悪く飛行機が「条件つき」に。急遽、2便で上京することになりました。

あとからのお話しですが~
2便に変更後、「条件解除」になったそうで~(苦笑)
翌日も飛行機は順調に就航したそうです。(笑)

そんな飛行機、八丈島から羽田空港までわずか35分くらいのフライトで到着。めちゃくちゃ速かったですね。そこから予約したホテルアマネク蒲田駅前へ直行。

新しいホテルで、お部屋もご覧の通り。照明やテレビはタブレットでOK。しかも照明はビジネス用や就寝用等選択でき至れり尽くせり。2階に大浴場もあり、混雑状況をテレビで確認できましたね。

アマネクホテル

妻が 蒲田駅に 19時過ぎの電車で着くというので迎えに。
「みんなもう出かけてるから、どうしよう?」
ホテルのある西口を何件か見ましたが満席。
「コンビニでもいいけど、とりあえず明日の羽田行きバス時間を見に行こう。」と東口に。

「羽田行きシャトルバスは、9時10分と40分くらいかな~」
「あっ、海鮮三崎港があるよ。」
「ん?」
「回転寿司。」
「あっ~そこでいいか。」

帰宅後大浴場に。
旅の初日は珍しく、夫婦水入らずのんびりとしたスタートにとなりました。

1月27日(月)
朝、9時前集合予定でしたが、8時半頃同じフロアーでドアの開閉音が。
「そろそろかもよ。準備しないと。」
まもなく電話がなり、「下にいろんて。」
「今出るとこ!」(^O^)

予定より早く、8時50分のシャトルバスで羽田空港に向かいました。
羽田空港は拡張工事であちこちが白い布に包まれ・・・
出発ロビーに入り「飯食べてから行こごん。」なんて話してましたが、「店がなっきゃ!」(>_<)

廊下に臨時で出されたお店でお弁当を買い昼食に。
私は軽めにカツサンドを。この時、食べすぎずに良かった。
11時25分発の飛行機で高知に!

子供の頃から飛行機に良く乗りましたが、これまでで一番揺れたのがこの飛行機でした。(>_<)

どれくらい揺れたかと言いますと、 テレビで墜落した飛行機を回想するシーンを見ているよう。 前方にいる方の頭が一斉に右に揺れたとおもいきや、続いて左に。機体に「ドン!」と風があたると急降下。遊園地のように体が浮きます。そんなことが20~30分ほど続いたでしょうか・・・

私はと言うと、おかわりシスターズの恋をアンコール♪なんて1984年の音楽を聴きながら学生時代を思い出していましたがあまりの揺れに

揺れた~

「いつ着陸できるんだろう?」
と目の前の、機体カメラに釘浸け。
初めは機体下部を見てましたが、雲で真っ白。
機体正面も真っ白でしたが、大きく旋回後徐々に降下していくと
「滑走路が見えた!」

この間機内では、吐く方も多く特に小さなお子さんは大変。
私の二つ前、三つ前に座っていた旅行仲間はハンカチ出したり、ポケットティッシュを出したり援助したそうで。
着陸態勢なので、CAさんも立つことができず地声で「そのままで大丈夫ですから!」

そして、ドン!
着陸と共にCAさんがすぐに立ち、後ろのキャビネットに。
使い捨てのおしぼりをたくさん持って配布。子供達だけでなく、大人の方も大変だったようです。

「八丈島便だったらけぇってろわの。(羽田空港に帰ってる)」
「うん。」
CAさんも20年で初めてと仰るくらい揺れた飛行機は、旅の思い出には厳しいものでした。

3年ぶりの高知空港は雨でした。
通常なら、空港で龍馬の写真を撮影したりするのですが・・・さすがにこの日は、すぐに迎えに来てくれたTくんのレンタカーに乗車。

「同じ時間のJALは欠航で帰りましたよ。」
「だよね~」と思っていると、
「その前に格安航空のLCCジェットスターは着陸しましたけど。」
「えっ~」すごすぎます。(>_<)

高知空港からホテルに向かう途中、高知城へ。
駐車場に車を止め、歩き始めましたが

高知城

雨脚が強まり、「上までは無理だら!けぇろがん!(帰ろ~)」(>_<)
確かに天守閣まで歩いたらびしょびしょに。

入ったばかりの駐車場を出て、高知パレスホテルへ。
すぐにチェックインでき、いよいよ高知、愛媛の旅が始まりました。

休憩後、晩ご飯は「ひろめ市場」に!

3年前、CAさんと三度目の出会いを演じたあのひろめ市場です。(詳しくは、こちら) あちこちのお店から料理を購入。カツオのたたきをはじめ、鯨やマグロ、ウニなどたくさんの海鮮料理が。でも一番美味しかったのは、ウツボの唐揚げだったかな。(苦笑)

ひろめ市場にて

この時は三年前の旅を忘れていましたが、楽しかった出来事を 少しずつ 思い出す旅となりました。

今日はこの辺りで終わりにしますね。

「25年目の出会い」は懐かしい旅でした。(5)

今朝は穏やかでしたね。
いつものように「今朝の飛行機は順調!」と打ち込もうとしましたが、念のためとANAサイトを見ると、
「視界不良のため1、2便欠航!」
更に時間を追って再検索すると
「羽田空港 降雪の影響に伴い、欠航」
八丈の天候に左右されず欠航することは珍しいですね。

ちなみに、定期船は順調でした。

そんな今日は朝から取材予定でしたが、昨日の夕方突然、「明日の天気予報が悪いので今から大丈夫ですか?」とcolocalさんの取材が。商品の撮影終えると、くさやを試食しながらの世間話となりました。(笑) 
一昨昨日は、るるぶさんから掲載記事確認の連絡があったばかり。みなさんのおかげで紹介頂けるのは嬉しい限りですね。

それでは、今回の旅報告もいよいよ今日が最後です。

八丈島に帰る移動日前は自由行動でした。
1月24日(木)
朝、
「弊社にてお待ちしています。」
とのメールが。
「道が不安なので、これからゆっくり向かいます。」
と返信し、妻と二人でホテルを出ました。

未だガラケーの私。
印刷した地図を見ながら、ホテルの裏から川沿いに歩き始め
「ん!」
地図と、現状が違う。(>_<)

「予定の道と違うけど、この先のはず。」
としばらく進むと信号が。その先に目をやると
「あっ、住吉神社。ここだ。」
信号が青になり、地図を見ながら横断歩道を渡り始めると
「もしかして、おさださんですか?」
「はい。」

顔を上げると、その先には
HPで見た、Tさんでした。(^O^)
その笑顔は、HPよりぜんぜん若くびっくり。
「わかりにくいんですよ。この辺りは。」(苦笑)

なんと、冬空の中、
交差点で待っていてくれました。
そこから数十メートル歩くと、
「ここが会社です。」
と階段を上がり、事務所にご挨拶を。

そのまま更に階段を上がり・・・
元はNTTの物件だったそうで、作りが面白かったですね。

話し長くなりましたが
Tさんは、太平洋貿易株式会社の会長さんです。

二十数年、年賀状の挨拶をしていましたが
お目にかかるのは初めて。
今年の年賀状に「博多に行きます。」 と添え書きすると、お問い合わせフォームから「食事でも」と連絡頂きました。

話しを遡ると、25年前。 たぶん。(苦笑)
当時私は、北海道でクロソイの種苗生産を行う準備をしていました。

種苗生産を行う上で必要となるのが
生まれた仔魚の餌となる動物プランクトン(ワムシ)と、
動物プランクトンの餌となる植物プランクトン(クロレラ)でした。

簡単に入手できないので困っていると、当時神奈川水試にいた先輩から
紹介して頂いたのが、太平洋貿易さんでした。

今思うと、北海道から九州に注文していたのですね。(>_<)
メインでしたエゾアワビの配合飼料も愛媛から注文していたので
当時は送料よりも、先端技術を求めていたのかもしれません。

ワムシ、クロレラ共に培養するのですが そのための強化剤として、今では当たり前となっていますが当時は画期的な商品でしたね。

特にクロレラ工業の生クロレラは、ワムシの培養には欠かせないものでした。

そんな商品をいち早く取り入れ、技術化していったことが北海道での私の立ち位置となったのかもしれません。

当時は電話の取引ですから
「良質のアルテミア、わけて頂けませんか?」
「今年はユタ産が・・・」
なんて会話をしていましたね。

仔魚が大きくなると、餌を小さいワムシから
一回り大きいアルテミアにかえていきます。

アルテミアは卵からふ化させるのですが
当時は、産地によりふ化率や栄養にばらつきがありましたね。

そんな要望を受けてくれたのが
太平洋貿易さんでした。

今回のお話しで知ったのですが、
仔魚をわけあげていた生産者さんと、頂いていた業者さんの橋渡しをすることで、みんなに喜ばれたと聞きました。
いつ仔魚が生まれるかわからなかい時代ですから、頂く方は泊まり込みの待ちにもなりますし、品質について意見を言えませんでした。そこを有料としてそれぞれの大変な作業を受け持つことで商売としたのです。
Win-Winの商売は今回の旅行でちょっと閃くものがありましたね。

そんなTさんの会社と私のお付き合いは短くて、たぶん3~4年くらい。
その後年賀状だけの挨拶が続き・・・
まさか、お目にかかれる日がくるとは思いもしませんでした。

世界に目を向けるTさんのお話しは楽しかったですね。
従業員のみなさんもとても若くて輝いてました。

「くさやは海外に向けて販売しないのですか?」
「シンガポールや台湾は日本にないものはないので売れると思いますよ。」と。

お話を聞いているうちに、できる事まだまだありそう!
そう思えるようになりましたね。

あっという間に時間はすぎ、
「太宰府まで私が車で送りますよ。」
「えっ!」(>_<)
「帰りは自分で帰ってきて下さいね。」(笑)
「はい!ありがとうございます。」

お言葉に甘えて、階下の駐車場に行くと
「あっ・・・」
革張りのソファは心地よかったのですが恐縮しかり。(>_<)

そう言えば、十数年前、桜の苗木を送ってくれた社長さんから
「おさだくん!ベンツいらないか~」
と言われたことを思い出しました。(笑)

太宰府までの道のりは、Tさんの楽しいお話しで
盛り上がりましたね。
太宰府駅が見え、「あっ、ここで十分です。」
「じゃあ、ちょうど信号赤なので。」

ありがとうございました。

わずか2時間あまりでしたが
とても懐かしく、嬉しい時間となりました。
「Tさん!ありがとうございました。」

太宰府駅

交差点を渡り太宰府駅に。
博多駅まで直行のバスができたので
バス時間を確認し、太宰府天満宮に向かいました。

お土産品を見ながら
「お昼をどこかで食べたいね。」
と探していましたが見つからず
スタバでいいか~
あの国立競技場を設計した隈研吾さんのデザインですね。

スタバ

外は写真撮影等で賑やかでしたが
中は思ったより空いていてのんびりできました。

昼食

休憩を終え、
「いこうか~」
スタバを出ると、すぐ隣に
食堂が・・・
「なんだ!ここにあるじゃん!」(苦笑)

三度目なんだけどな~(笑)

13時からは過去二度太宰府に連れてきて頂いたUさんと
九州博物館で待ち合わせです。

その前に、太宰府天満宮へ!

太宰府天満宮

学問で有名な神様ですが、巫女さんに「入院されている方に大丈夫ですか?」と声をかけると、「大丈夫ですよ。」とのことで、いつも旅行で一緒だったH兄ちゃんに病気平癒のお札を購入。

お札

時計を見ると、12時45分過ぎ?!
「あっ、もうそろそろ行かないと間に合わない。」(>_<)
ちょっとのんびりしすぎました。

慌てて、九州博物館に向かい歩き始めます。
途中、「きれい!」
と梅の花を撮影する妻をせかし、到着!

九州博物館

ここから長い長いエレベーターに乗り、着くのは何分後?
なんて考えながら、更に先に。
待ち合わせ場所のホールに到着したのは約束の5分前でしたね。

3年ぶりのUさんはスーツに包まれ、とてもダンディでした!(^O^)
その後、なんと4時間もお付き合い頂き!
縄文時代からたっぷり説明して頂きました。

神津島産の「特大」黒曜石を見たときにはびっくりしましたね。
「こんな黒曜石見たことない!」
東京都博物館からお借りしているそうで、撮影禁止が残念。

途中、シアターで休憩を兼ねながら「神やどる島 宗像 沖ノ島」を見たり、とても有意義な時間でした。

ちなみに、日本に国立博物館がいくつあるかご存じですか?
東京、奈良、京都、そして九州の4つあります。
中でも九州国立博物館は一番新しい博物館で2005年に開館10月に開館しました。
「一番新しいと言うことは、耐震構造も一番なんですよ。」と。

地震で倒れた他館の展示品も預かっており
展示品の前で
「(地震の際)ここが一番安全なんです。」
と。(苦笑)

展示ゾーンは5つに分かれており、縄文時代から開国まで順にゆっくり見ることができました。 普段目する事の無い銅鐸や銅鏡はじめ、 仏様の顔や手つきを時代の変化と共に感じることができましたね。 1000点を越える収蔵品は、順に展示しているそうなので、何度来館しても楽しめるそうです。

この日は 1月29日から始まる特別展「京都・醍醐寺 – 真言密教の宇宙 – 」の5日前でしたので、来場者が少なく「こんな日は珍しいんですよ。」と。おかげで広い館内をゆったり楽しめました。そうそう授業中?の子供達もいまして!展示物を見る子供達数名に、「一緒に聞いてもいいよ。」と説明するUさん。すごいな~

展示物にはとても高価なものもあるそうで、各部屋にはガイドさんとガードマンさんが。海外の方がスマホで撮影しはじめると、ガードマンさんがすぐに注意してましたね。それぞれの立場で、それぞれの仕事を垣間見ることができました。

Uさんとはじめて会ったのは6年前。博多のボランティアガイドさんに連れられ、外国人の宿泊が多い 和風旅館「鹿島本館」の前でしたね。翌年、博多の町を紹介して頂き、3年前は妻と一緒に再度博多の町を。そして今年は博物館を案内して頂きました。「説明上手な方で良かったですね。」「次の会長さんですよ。」なんてお声をかけられることもありました。(苦笑)
最後に、館前でパチリ!

Uさんと

会社を退職し、九州での新たな活動は羨ましい限りです。

お別れした後、「たしか10分発のはず!」と、早足で太宰府駅。すでに10名ほど並んでいて、後ろに着くと。「?!」なかなかバスが来ない。時刻表を見なおすと、16時からは20分発。(苦笑) でも早めに並ぶことができ座って博多駅行きバスに乗ることができました。博多駅バスターミナルでは一つ上の階に行くと、たまたまキャナルシティ前行きのバスを発見。すぐさま飛び乗り「良かった!」無事、本日の自由行動を終えました。

翌日の朝、窓から顔を出すと朝日をバックに博多空港から飛びだつ飛行機が見えましたね。飛行機、見えますか?

朝日と飛行機

博多空港から、羽田経由八丈島に。
冠雪した富士山が見えました。

富士山

途中、三宅島も。自信ありませんが。(苦笑)

三宅島

こうして今回の旅も終了しました。
体調が悪く夜は楽しめませんでしたが、妻は念願のイチゴ狩りと牡蠣小屋体験をし、私は二十数年来のTさんと初めて会うことができ、そしてUさんと再開することができ大満足の旅となりました。

博多編は妻の夢を叶えて。(4)

今日は嬉しいお電話が。
初めてのお客様でしたが、以前から八丈島のくさやをご賞味頂き、今回娘さんにネットで調べてもらったそうです。「こちらのくさやが美味しそうだと言われて。」と、ご注文頂きました。(^O^)
嬉しいですね。明日にはお届けできますのでぜひお楽しみ下さいね。
(追伸:佐渡に向かう船がドックだそうで、一日、二日遅れるそうです。)

今、もっとわかりやすいホームページをと計画中なのですがなかなか・・・
家族で培った伝統のくさやを、未来に向けて発信したいと思ってます。

さて、今日は旅の後半。博多編です。
1月23日(水)
熊本最後の朝。
いつもなら旅先で散歩をするのですが、体調不良でそんな余裕も無く。。。
休養兼ねての旅となりました。

「酒蔵はやめて、イチゴ狩りと牡蠣を食べに行くぞ!」
なぜか妻の希望が100%叶えられ、鹿児島から博多に行く途中イチゴ狩りと牡蠣の焼き小屋へ行くことに。

道中の車内では、昨晩、一昨晩の二次会話しで大賑わい。
「(ホテル)帰りに、(飲み屋に)拉致された!」と。
天文館通りを歩いていると、仲間にすぐ見つかるので危険ですね。(苦笑)

で、念願のイチゴ狩りは、
八女市にある日本最大級いちご園「プーさんのいちご園」行きました。
あまおうを初め10種類のイチゴが二つのフレームにあり食べ放題。
フレームの中は温かく、蜂さんが受粉をしている中、真っ赤なイチゴを選んで食べました。

イチゴ狩り

とにかく甘い!
練乳200円で販売していましたが、不要でしたね。型も大きく、学生時代に静岡で食べたイチゴ狩りとの差に驚きました。
で、一応おきまりの

イチゴ狩り!

60分食べ放題だったらしいのですが、わずか30分でみんな見えなくなり・・・
ちなみに私は二十数粒しか食べられませんでした。(>_<)

いちご園を後にし、次は牡蠣!
糸島にある焼き牡蠣店に向かいました。
到着してびっくり!なんと10件の牡蠣小屋並んでました。

牡蠣小屋

牡蠣小屋の中でもテレビによく出る「のぶりん」で牡蠣を頂きました!
のぶりんとは、店主漁師さんのお名前だそうで、店内ではみなさんのぶりんの名前が入った黄色のジャンバーを着せられます。

のぶりんにて

牡蠣を焼くと数分でふたが開くので、へらで殻を開き上蓋を取ります。後はお好みの焼き加減で!午後2時半と言う微妙なタイミングでしたが、にぎやかな時間となりました。 私はと言うと・・・ハマグリの方が美味しかったかも。(苦笑)

そして、博多と言えばキャナルシティ!
今回は、再びキャナルシティーに宿泊することができました。
二年ほど前でしたでしょうか?
当時は一部工事のため、「ガガガガガッー」と大変賑やかで。(>_<)
今回は改装も済みとても静かでした。

が・・・
「ちょっと部屋の中におわない?」
帰りのタクシーで聞いたのですが
排水口の香りが市内にしているそうで、
「(排水路の)掃除もやってるんよ。」とか。
ハッキリとは言いませんでしたが、屋台で流している方も・・・
う~ん、賑やかな街なのにもったいないですね。

で、時間が少しあったので
向かいビルのユニクロ等で買い物を。
一休みした後、博多の夜はこれ!

イカ刺し!

やっぱりイカ刺しですね。
「今時期は小さく・・・」とのこと。ちょっと残念でしたが美味しかったです。
晩ご飯後は中州を散策。3年ぶりに焼きたての梅ヶ枝餅も食べました。
帰路、キャナルシティの地下へ降り!

噴水

噴水を見ながら、一度は食べてみたかった地下店舗のクレープを食べました。

クレープ店舗
順番待ち~
クレープ

お土産店も閉まっていたので、エレベーター入り口脇にある「くまモン」と同化し、部屋に戻りました。(苦笑)

くまもん

こうして、博多一日目の夜を終えました。
鹿児島からの移動は、やはり距離がありますね。

鹿児島編の紹介!メインはやっぱり白熊くん?

今日は午前1時半に目覚め、その後は寝坊しちゃいけない・・・と。(>_<)
前回の焼きくさや製造で寝坊したため、寝た気のしない朝となりました。

お陰で、早朝より焼きくさやの製造を開始。
焼き終えてお店に戻ると、玄関前に車が。
不思議に思いお店を開けると、お客様が!
「こっちです!おはようございます!!」
「お~」
「すみません。裏でくさや焼いてました。」(>_<)
「そうか~」
時計を見ると7時過ぎ。みなさん朝が早くなってきましたね。(苦笑)

こちらは全く進展していなかったので~
旅の続きをご報告しますね。

1月21日(月)
尚古集成館を見学し終えると、みんなの姿を見失い
Tくんに電話を。
「どこですか?」
「あっ~みんな車です。」
「すぐ行きます!」(>_<)
実はこの後も見学途中二回ほど電話することが。
「そろそろ、隆弘から電話がかかってくるぞ~ ほら、かかってきた!」
と茶化されながらの旅となりました。(笑)

次に向かったのが「城山」です。
西郷隆盛が最後にこもった山ですね。
城山公園から見る桜島はきれいでしたね。

城山から見た桜島

西郷さんも、城下を見下ろしながら桜島を眺めたのでしょうね。
で、きれいな背景でしたので写真を撮ることに!
この時は気づかなかったのですが・・・

みんなで

なんと!背景の桜島が見事に消えてる!
思わず、桜島を重ねたくなるほどショックでした・・・

この日は城山を降りそのままホテルに。
一時間ほど休憩時間ありましたが、パブリックロードレースの疲れで風邪気味。
晩ご飯までのんびりくつろぎました。

今宵の晩ご飯は、イケメン兄弟が営業する「炭火居酒屋 笑吉」さんに。
初日と言うことで、ゆったりと思いきや・・・
「おにいさん!グラス洗わなくていいからおかわり!」
ジョッキのおかわりで休む暇も無い忙しさでしたね。
ちなみに私は、いつものように生二杯で打ち止めでした。

1月22日(火)
翌日は、桜島に。
今らか約400年前、島津家18代家久の頃から始まったと言われる鹿児島港。
日に一度だけ周遊する桜島フェリーに乗って桜島に向かいました。

桜島へ

途中、帆船 海王丸の姿が見えましたね。

海王丸

更に潜水艦も・・・

潜水艦

船上では、ボランティアのガイドさんに話しかけられたり、のんびり桜島に向かうことができました。上陸後向かったのは、標高373mの位置にする湯之平展望所。

湯之平展望所

展望台をぐるりと回ると、八丈島にも噴煙地層が残る姶良カルデラのことが紹介されていました。姶良カルデラは、鹿児島湾と桜島をすっぽり囲む大きさだったのですね。約29,000年前、巨大噴火は日本列島にその噴煙を残しました。ちなみに桜島は26,000年前の噴火でできたそうです。

姶良カルデラ

桜島といえば、やはり長渕剛さんで有名な「叫びの肖像」ですね。
約6千人の島に、7万五千人集まった「長渕剛オールナイトコンサート」(平成16年8月21日)
朝日と共にフィナーレを迎えたそうです。

叫びの肖像

桜島で昼食後、フェリーにて帰港。知覧特攻平和記念館に向かいました。
映画「永遠のゼロ」を思い出しながらの道でしたね。
(追伸:主人公宮部久蔵少尉が最後に飛び立った海軍特攻の基地は鹿屋基地。陸軍特攻隊の基地がこの知覧だそうです。)
駐車場から記念館に向かう途中、海から上げられたゼロ戦の姿が。

ゼロ戦

知覧は、特攻隊の飛行基地として本土最南端に位置してたため、全特攻隊員1,036名のうち439名がここから出撃したそうです。特攻作戦は250kgの爆弾を装着し、4月6日の第1次総攻撃から7月1日の第11次総攻撃まで続いたそうです。

こちらは出撃前の隊員が宿泊した三角兵舎。
最後の夜を思うといたたまれなくなりました・・・

三角兵舎

会館の中には、たくさんの手紙を初め遺品が。
あまりにも若すぎる子供達の出撃は、沖縄で看護要員として戦場に動員され、亡くなっていった「ひめゆり学徒隊」の「ひめゆり平和祈念資料館」に行った時のことを思いだしました。
戦争はしてはいけない。改めて心に刻みましたね。。。

あっという間に時間が過ぎ、市内にUターン!
知覧にある武家屋敷も見たかったのですが、時間的に無理でした。
ホテルに戻る前、
「今日のうちに行こう!」と誘われたのがこちら。

しろくまくん

白熊の本家 天文館むじゃきでした。
夕方5時過ぎだったのですが、ソフトクリームののったレギュラーを注文すると

かき氷

「しまった!」(>_<)
あまりの大きさに愕然。
食べ終わるまで、何度手を止めたことか・・・
できることなら
「熱い夏に食べたかった!」
それでもふわふわ感と、ミルク味は絶妙でした。

みんな、ミニサイズでしたので
先に帰り・・・
最後まで残って完食すると、
お茶のサービスを頂きました。(苦笑)

夜は、天文館通りにある店でお肉をはじめおなか一杯!
食べるはずでしたが・・・
しろくまくんでおなか一杯。(>_<)
ビールも飲まず、カルピスで我慢。
アルコールなしは、旅行初めての体験でした。

お肉

帰りは、天文館ミリオネーション2,019とスーパームーンをみながら散策。
ようやく体調も良くなってきました。(苦笑)

天文館ミリオネーション

とりあえず、前半鹿児島編はこれで終了です!
後半、博多編は後日紹介しますね。
本当はもっと丁寧に説明するはずでしたが・・・

鹿児島で・・・不思議な空間を感じました。

昨夜は「ゴホンゴホン」妻の咳が止まらずほとんど眠れませんでした。旅行中、咳はだいぶおさまってきたと思ったのですが・・・と言うわけで、今日は午後から歴史セミナーでしたが受講をあきらめ朝から一人でお店番でした。

冷凍庫のファンを初め、クーリングタワーの確認。先週修理した浮きの水位が乱れ、冷たい水に手を入れて調整。終えたときには手が真っ赤。遊びすぎだな~(苦笑)

ご注文商品の荷造りやヤマトさんへの発送。午前中はあっという間に過ぎ 、午後からはお店番をしながら旅の整理を。
今回の旅を振り返ってみました。

1月21日(月)
8時半過ぎに慌てて家を出て空港へ。すでに人影は少なく、荷物を預けようとすると「そっちは出口!」「あらっ。」(>_<) 前回、入り口が変わったのを経験済みなのにすっかり忘れてしまい、やっちまったな~
そんな旅の始まりでしたね 。(笑)

今回、八丈からの出発は5人。羽田空港で妻とTちゃん、Jちゃん3人が合流。鹿児島空港に向かいました。 私にとって2時間のフライトは長く・・・機長からのアナウンスで「ようやく半分か・・・」モニターを見る串本上空に飛行機の姿がありました。

疲れからか咳が出始め、珍しくマスクを持参した私。いつの間にか寝てしまい・・・「桜島撮影したよ。」と言う妻の様子にも気づきませんでしたね。そんな画像を確認すると、これから何度も見る桜島とは異なり、唯一裏側から撮影した桜島でした。

桜島
機内から撮影した桜島

「ドスン!」
あまりの衝撃にびっくり。鹿児島空港に到着したのですが「滑走路も広いのに・・・」思わず呟いてました。(>_<)
博多からレンタカーを飛ばしてきたTくんがお出迎え。「今回の車は大きいって言ってる。」とは聞いてましたが、本当に大きくみんなのカバンを入れてもまだ余裕でしたね。( 10人乗りの日産 NV350キャラバン。32万円とか・・・)

レンタカー
レンタカーの大きさを知ってもらうために協力してもらったKちゃん。

「どこ行きます?」
「Tちゃん調べてくれてた!ホテルに向かう途中の・・・」
「尚古集成館。島津家の歴史や文化を伝える、大砲の鋳造の反射炉跡とかあります。あとはホテル近くの城山。西郷隆盛が最後にこもった終焉の地。」
「そこに行こう!」

桜島を横目に、車はあっという間に 尚古集成館に。隣にある名勝仙厳園で受付を済ませ、今回最初の旅が始まりました。

中に入ると、すぐに島津家28代斉彬が造らせた大砲砲身を作るため反射炉跡が。正直あまりイメージできなかったのですが、大河ドラマ「西郷どん」を思い出しながらきれいな庭園を歩き始めました。

仙厳園
 名勝仙厳園とすんだ青空がとても印象的でした。

29代忠義良が建てた正門脇を通り、藩主とその世子(長男)だけが通ることが許された朱塗りの錫門へ。 園内を流れる保津川にかかる水道橋を渡り、江南竹林を見てUターン。「パコン!」と響く音に近づいてみると・・・

迫ン太郎

迫ン太郎でした。
迫ン太郎 とは米つき機の一種で、精米機の無かった頃、もみや玄米を精米する時に利用していたそうです。谷水がたまると傾き初め「パコン!」と臼を打つ音が響きましたね。

園内では、子供の頃作った竹細工の水鉄砲や竹とんぼも販売されており懐かしかったですね。もちろん、「薩摩切り子」や「薩摩焼」をはじめ限定販売の焼酎「魔王」もありましたね。杉の箱に入った1万円という札にびっくりしていると、「食べてみますか?」と差し出されたお菓子をぱくり。

鹿児島名産の「軽羹(かるかん)」でした。斉彬が保存食開発が必要と考えたことをきっかけに作られた自 然薯を使用した和菓子。 現在に続く伝統の味だそうです。 ちなみに杉箱だけで6000円。立派な箱に、「こんな売り方もあるんだ~」と思わず欲しくなる自分に反省してました。(苦笑)

園内をでると隣にある尚古集成館に。2015年に「明治日本の産業革命遺産」の 構成資産として世界遺産に登録されました。ちょうど一年前に行った軍艦島と同じですね。

尚古集成館

世界遺産!尚古集成館に。

薩英戦争をきっかけに斉彬の功績は見直されるのですが、当時 その先賢の目を 理解するのは難しかったのでしょうね。斉彬が長生きしていたら時代は変わっていたはず。そう思うと、不思議な空間に自分がいるような気がしました。

今日はここまで、また続きは次回にしますね。
あっ、最終便「強風」のため引き返し欠航。2便に合わせ発送して良かったです。

九州から八丈島に、帰ってきましたよ~

朝7時50分頃博多のホテルを出発。午後1時07分八丈島空港に到着しました。わずか5時間あまりで九州から八丈島に・・・夢から現実に戻るのは、あっという間でした。(笑)

今回の旅も楽しい旅でしたが、パブリックロードレースの疲れがとれないまま、体調的にはとてもキツイ旅でしたね。特に妻は、咳が止まらず,移動中はほとんど寝ていました。(>_<)

それでも楽しい思い出がたくさん!本当に楽しい4泊5日でした。何より冬の旅行として、これまでで一番天候に恵まれました。青空のもと、桜島もご覧の通り。白い噴煙も鮮やかでしたよ。

桜島!
桜島!

温かかったな~寒さ対策していたので拍子抜けしちゃいました。(苦笑)
今晩から明日にかけては山地で積雪予報だったので、運も良かったですね。というか・・・今回の体調で平年並みでしたら、完全にダウンでしたね。

反面、晩ご飯は四日間とも絶好調。会計係の私が支払いに行くとお店の方に必ず
「よく飲みますね~」
「はい!」(笑)
「(でも)みなさん、楽しそうでいいですね。」(^O^)
と言われましたね。
もちろん私は、初日生ビール1杯、二日目ノンアル。三日目2杯、四日目2杯と微々たるもの。お酒が飲めるって、本当にすごいなと思いました。

今回は、前回の反省で移動距離をなるべく少なめに目的を絞って移動しました。妻の目的も二つ叶えられ、私自身も大事な方、懐かしい方にお目にかかれ、とても充実した旅となりました。詳しくは明日以降ご紹介しますね。

ちなみに、今日は到着後、ご注文対応を。毎年授業で紹介頂く筑波大附属小学校のY先生からご注文を頂き、すぐに観光協会へ。八丈島のパンフレットを相談すると、「これか、これか、これはどうですか?」「あっ、3種類とも頂いて大丈夫?」「はい!」「余った分はお店に置いても大丈夫かな?」「もちろん!もちろん!」と言うことで、明日早速発送しなきゃ。

そんな感じで、あっという間に外は真っ暗。九州に比べ、東日本は日の暮れるのが早いですね。(>_<)なんだか損した気分です。
ちなみに今朝、ホテルから見た朝日がこちら。

朝日
朝日

窓から「朝日だ!こちらが東なんだ~」とカメラを向けて撮影したのですが・・・ カメラの位置を変え朝日を撮ろうとすると、
「朝日が消えた~」(>_<)
そこで初めて、「ビルに反射してたんだ・・・」と気づきました。(笑)

相変わらずそんな旅の連続でしたが、今晩はゆっくり休んで明日以降ご紹介しますね。

世界遺産を巡った旅行も最終日に。青葉城跡のミニシアターで出会ったのは!旅行(6)

今日から焼きくさやの製造がスタート。
早朝からくさやの香りで一杯です。

そんな中お客様が。
「いつもくさやを買いに来る方が来れなくて・・・
(その方への)お土産を買いに来ました。」
と。

嬉しいですね。
焼きくさやと激辛を購入して頂きました。(^O^)

お土産には、焼きくさや
やはり一番人気ですね。

さて、
ちょうど一週間前のお話しです。

 

6月7日(木)
いよいよ旅行も四日目。
自由行動も今日が最後です。

朝9時前に集合し
「歩いて行こがん。30分くらいだっていや。」

仙台の町並みを歩き
仙台町内

しばらくすると
「家紋が見えた!」
家紋通り

「きっとこの辺りから始まるんだろうね。」
と話しながら、大橋に。
大橋

広瀬川を渡ると
広瀬川

「仙台城跡に、着いた!」(^O^)
仙台城跡

すぐ近くの三の丸跡、仙台市博物館に向かいました。
仙台市博物館

やはり注目は、伊達政宗の甲冑ですね。
甲冑

偶然、20分間のシアター時間が案内され
「見よう~」
と、ミニシアターに。

内容は、「支倉常長-光と影」
でした。

 

支倉常長は、今から400年前。
伊達政宗の命で、
宣教師ルイス・ソテロが率いる約30人の使節団や多くの商人ら約180人と
ヨーロッパに渡りスペイン国王とローマ教皇に会い、外交関係を結びにいきました。

ローマでは歓待を受け、公民権まで与えられましたが
日本国内ではキリスト教禁止令が発せられるなど徳川幕府の対外政策が変化してきたため
スペインとの貿易交渉は思うように進まなかったそうです。

1617年7月、
アカプルコ港からサン・フアン・バウティスタ号に乗った常長は、
マニラを経て長崎、そして仙台へと帰国。
キリスト教弾圧が厳しさを増すなか、1622年8月、52年の生涯を閉じます。

250年後。
明治維新まで支倉常長の名前は表舞台から遠ざかり忘れられていました。

 

常長の名前に光が当てられたのは1873年。
明治政府が欧米に派遣した岩倉具視使節団が、
訪問地のイタリアで常長の業績を知らされたからだそうです。

支倉常長は
実在の日本人を描いた最も古い油絵として知られ、国宝「支倉常長像」として、
今も見ることができます。
支倉常長

ちなみに、
慶長遣欧使節関係資料のうち、
「支倉常長像」「ローマ教皇パウロ五世像」「ローマ市公民権証書」の3点は、
平成25年6月にユネスコ記憶遺産に登録されています。

と言うわけで
すっかり支倉常長にはまってしまいました。(苦笑)

 

そして、いよいよ
伊達62万石の居城、仙台城(青葉城)へ。
家康の警戒を避けるために天守閣は設けなかったそうです。

標高約130m。
城は消失し、石垣と政宗公騎馬像を目指し
坂を登り始めました。
上を見ると緩やかに見えるのですが、これが結構キツく
登り始めると

下を見ましたら、すぐに納得!
「勾配、こんなにきつかったんだ~」(>_<)
下を向くと

ようやく石垣が見え、もうすぐ!
石垣

さすがにきつく
上っていく車のエンジン音が響きます。

 

更に、詰門跡をくぐり本丸跡に向かうと
「着いたよ~」
本丸跡

34年前、この地に立ったはずなのですが・・・
全く思い出せない。(苦笑)

正宗像の前で記念撮影。
伊達政宗造

ずんだソフトクリームと
ずんだソフトクリーム

ずんだシェイクで休憩。
ずんだシェイク

帰りは、詰門跡のバス停まで戻り
るーぷるバスで
ホテル近くまで帰りました。
るーぷるバス

みんなでお寿司を堪能し解散。
最後の午後は自由行動になりました。

私はと言うと・・・
テレビ映画を見て、その後仮眠。
さすがに疲れ果てました。(>_<)

旅行最後の夜は、山形のお店に。
しゃぶしゃぶが美味しかったな~

 

翌日、新幹線で仙台駅から東京駅に。
新幹線

駅弁はやっぱり、牛たん弁当!
おやつに萩の月を購入しました。
駅弁

最終便で八丈島に。
八丈島に

こうして、
今回の旅行も終了しました!
梅雨前の旅行は、天候に恵まれ
湿度もなく最高でしたね。